第147話 十四年前の写真
最終節のホームゲームは四月の最終土曜だった。
和久井が二月に選んだ日と同じだった。
「この日です」
和久井は二月の時点でそう言っていた。
「土曜。四月末。相手は五位のクラブ。去年の同じカードで、うちのいちばん客が入っています。天気の平年値も、いい」
要はその日の客席を四千百人にしたかった。
損益分岐だった。今季、一度も超えていない線だった。三年、要の私財がその手前を埋め続けてきた線だった。
やることは決めていた。
新しい手は出さない。
三年で作ったものを全部その一日に重ねる。屋台も子どもも札も映像も、全部一日に。新しく作るのではなく、作ってきたものを一日に集める。
屋台は通常の三倍にした。鍬形が商店街に声をかけて、七軒が出た。総菜屋も米屋の隣の写真屋も出た。三千円のままの総菜屋も、その日は出た。
子ども招待はいつもの倍の枠にした。宮里が保育士の手配を二人増やした。試合後のコートを三十分ではなく四十五分開けることにした。
蔵本誠は三月の終わりから、札を出している六百十軒を回り直した。
「金の話じゃありません」
蔵本は一軒ずつそう言った。
「その日に、来てください。それだけです」
金の話ではないと蔵本が言って回った。集金の男が金の話をせずに、一軒ずつ回った。二十九年、金の話で回ってきた男の初めての回り方だった。
山根鉄工は社員十一人ぶんの席を取った。
平良大和が学校を回った。中学のバスケ部は二つあって、顧問は二校を掛け持ちしている先生が一人だった。招待の紙はその先生に二枚渡した。
平良はその春から指導者の講習に通っていた。選手をやりながら取れる級のものだった。「なぜ」と要が聞くと、平良は「あの先生が、二校で一人なので」とだけ言った。
回りながら平良はもう一つ持ち帰ってきた。クラブの名前の付いた中学生と高校生のチームが、市内に一つずつある。大洋のころから関連の団体が回していて、名簿は毎年リーグに出している。だが二つの中学からも潮見工業からも、そこへ入った子は一人もいなかった。そこからトップに上がった選手も、一人もいなかった。
「名簿はありました。入口が、ありませんでした」
平良はそう言った。
一ノ瀬樹と宇野匠が休みの日に商店街でボールをついた。
佐伯涼真が書いた記事は一本だけだった。
写真が一枚載っていた。
十四年前の三月、この体育館が満員だった日の写真だった。倉庫から出てきたあの一枚だった。額の埃を蔵本が払ったあの写真だった。
裏の手書きの数字もそのまま載せた。
入場者 五,一〇二
記事には選手のことも順位のことも、書いていなかった。
書いてあったのは、その日この町から何人が来たか。市外から何人が来たか。試合には負けたこと。それでも通路まで人が立っていたこと。
記事の最後に佐伯は三つの数字だけを並べた。
十四年前、この建物に入った人の数。五千百二人。
いま、この建物の平均。三千三百人。
この建物が赤字にならない人数。四千百人。
四月二十七日の日付を書いて、記事は終わっていた。
頼み事は一行も書いていなかった。
記事は三日で広まった。
町では写真の話ばかりになった。写っている選手の背番号が七だと、誰かが気づいた。七という番号を、誰かが今の背番号と並べた。
チケットは安くしなかった。
浜口が一度だけ「その日だけ、半額にしますか」と聞いた。
要は首を振った。
「三年前、僕は、客単価の話から始めました」
「……はい」
「安くして四千人入れたら、線は超えません。超えたことにも、なりません」
安く入れた四千と、その値段で入った四千は、同じ四千ではなかった。要が三年こだわってきたのは、その違いだった。線を超えるなら値段のまま超える。そうでなければ超えた意味が無かった。
前売りは四月の第三週で、三千八百十二枚で止まった。
四千百まであと二百八十八人。要が残した当日券は三百席。
席はある。その朝に来るかどうかだけが、分からなかった。
浜口がその紙を見て、何も言わなかった。
言うことが、無かった。
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