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7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第十一章 箱 ―― 箱の話は、いつ始めますか

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第146話 それ、物乞いになりませんか

プレーオフが消えて、二日が経っていた。


最終節まで二週間を切っていた。



「前売り、二千百枚です」


浜口が言った。


「去年の同じカードが、最終的に三千六百。今年は、伸びてます。……でも、このままだと、三千八百で止まります」


四千百に三百足りない。


要実はその数字をしばらく見ていた。



「浜口さん」


「はい」


「四千百を、出します」


浜口は意味が分からないという顔をした。


「出す、というのは」


「町に、言います。この建物が赤字にならないのは、四千百人からです、と」



事務室が静かになった。


「……うちの台所を、町に見せるんですか」


「はい」


「二年、隠してきたやつですよ」


「隠してはいません。言わなかっただけです」


要は言った。


「言わなかったのは、言う理由が無かったからです。今は、あります」



佐伯涼真が書類から顔を上げた。


「要さん」


「はい」


「……それ、物乞いになりませんか」


言ってから佐伯は少し身構えた。要に正面から反対したのは、初めてだった。



要はその顔を見て、こう言った。


「言ってくれて、ありがとうございます」


「……いえ」


「一月に、僕は、あなたに言いました。最初の一回が遅れるほど、二回目も遅れると」


要は言った。


「これが、二回目です」



それから要は答えた。


「物乞いになる書き方は、あります。うちが苦しいから来てください、と書けば、そうなります」


「はい」


「書かないでください」


要は言った。


「数字だけ、出してください。四千百人。以上です。頼み事は、書かないでください」



佐伯が少し黙った。


「……頼まないんですか」


「頼みません」


「なぜですか」


要は言った。


「頼んだら、一度きりです」



浜口がまだ納得していない顔をしていた。


「同情で来た客が、四千百人ぶん入っても」


浜口は言った。


「来季、その人たちは、来ませんよ」


「来ません」


要はそこは否定しなかった。


「同情で来た客は、次に来ません。……でも」


要は言った。


「数字を知った客は、次も数えます」



蔵本誠が手帳を閉じた。


「要さん。一つ、いいですか」


「はい」


「あの札を出してる六百十軒に、その数字を見せるのは、私は賛成です」


蔵本は言った。


「うちの店が、いくらの一部なのか。……あの人たちは、それを知らずに、三千円と五千円を出してます」


蔵本は要の顔を見た。


「三年、この町の人はあんたの財布のことを、一度も知らずに金を出してきたんです」



要はうなずいた。


「もう一つ、決めることがあります」


要は言った。


「当日券です。三百席、残します」


浜口が椅子から少し身を起こした。


「……逆じゃないですか。前売りで、確実に埋めましょう」


「埋めません」


「なぜですか」


「三年前、この町の人は、思いつきで来る習慣を失いました」


要は言った。


「五千の箱に千五百人しかいなかったころ、誰も、その日の朝に『行くか』とは言わなかった。行っても、席が余ってると分かってたからです」


要は紙に三百と書いた。


「取り戻すには、思いつきで来られる席が、要ります。前売りで全部埋めたら、その日の朝に決めた人が、入れません」


「その三百が、売れ残ったら」


「売れ残ります」


要は言った。


「四千百に、届きません」



蔵本が少し笑った。営業の男が笑う場面ではなかった。


「……前売りのほうが、確実ですよ」


「はい」


「私は、確実なほうを、三十年やってきました」


蔵本は手帳をしまった。


「やってみましょう」



その夜、要は自転車で帰った。


二月に車を売ってから、通勤はずっとそれだった。海沿いの道は夜は暗い。


途中、潮見銀座商店街の入口を通った。


シャッターが半分下りている。開いている店の明かりがいくつか、まだ点いていた。


その明かりの中に、米屋があった。


要は止まらずに、通り過ぎた。

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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