第142話 静かになる
残り、五分。
二点差から先を、潮見は一人で取らなかった。
最初の一本は東悠真の守備だった。
綱島がドライブに来た。二分の男に取られた六点を、自分で取り返しに来ていた。東がその進路に体を入れた。
倒れなかった。
綱島の肩が東の胸に入る。入っても東は半歩も下がらなかった。二人ぶん走ってきた二年ぶんの足が、そこで踏ん張った。ボールが綱島の手からこぼれた。
李濬浩が拾った。拾って走った。
速攻。前に一ノ瀬樹がいた。李濬浩が走る一ノ瀬に合わせた。一ノ瀬は打つ前にコーナーを一度見た。去年なら無理な形で自分で打っていた。今日は味方を見て、それから決めた。
同点。
次のポゼッションで湊川が外から打った。焦りではなかった。まだいつもの一本だった。だが外れた。
リバウンドはレイだった。
跳ばなかった。膝の悪い男が、いちばん高いボールを跳ばずに取った。相手の外国籍がレイの背中から跳んだ。跳んだ相手の下に、レイは位置で入っていた。押さえてそのまま黒木に渡した。
黒木が運んで二人に寄られた。
二人に寄られるということは、どこかが一人空くということだった。黒木は逆サイドへはたいた。
逆サイドのコーナー。
幸田蓮がそこにいた。動いていなかった。二往復のあいだ、動かない練習を二百十本してきた場所だった。
黒木は見ないで出した。
入った。三点リード。
残り、二分。
湊川のホームで太鼓の音が間延びし始めた。
要はそれを聞いていた。音が減るのではなかった。揃わなくなるのだった。塊だった音がばらけていく。ばらけると五千二百の音は、潮見の三千の音に少し近づいた。
湊川が続けて三本外した。
一本は綱島だった。二分の男に六点取られ、東に一本止められた綱島が、少しだけ急いでいた。二本目は外国籍のゴール下。跳んで置きにいって、リングに嫌われた。三本目は外からの三点。焦った形だった。揃わなくなった音の中で、選手も揃わなくなっていた。
そのたびに潮見の誰かがリバウンドを取った。
三本目のリバウンドは、志水玲央だった。外国籍に背中から当たられた。当たられて、それでも両手でもぎ取った。若い体が五千二百の前で、一本もぎ取った。
残り、四十秒。
湊川がファウルで止めた。潮見のフリースローは番場だった。
十八年目の男がラインに立った。膝に四十分ぶんのテープを巻いた男が、二本とも決めた。静かに二本、決めた。跳ばない男の手が、いちばん静かな二点を入れた。
五点差。
ブザーが鳴ったとき、アリーナは静かだった。
五千人が座ったまま、コートを見ていた。
その中でアウェイ側の一角だけが、立っていた。
六十人だった。
要も立っていた。
いつ立ったのか、自分でも分からなかった。
隣で和久井が要を見上げていた。要はそれに気づいて座り直した。
「……すみません」
「なぜ、謝るんですか」
和久井が聞いた。
要は答えられなかった。
三年、要は勝っても喜ばなかった。喜ばないのが自分の仕事だと思っていた。勝ち星は運で、自分が積んだのはその裏の数字のほうだからだ。
今日もそう思っていた。
思っていたのに立っていた。数字ではないものが、要を立たせていた。
七十九対、七十四。
潮見ブルーホエールズが湊川ガルーダに、初めて勝った。
コートで選手が集まった。
その輪から少し離れたところに、三田村亮が立っていた。第四クォーターの残り五分は、ベンチにいた。決着には一秒も関わっていない。
一ノ瀬が走ってきて三田村の背中を叩いた。
宇野がその後ろから来て何か言った。
三田村は手を上げなかった。ただうなずいていた。輪の中に入ろうとはしなかった。二分十一秒の男は輪の少し外で、うなずいていた。
二階で和久井が記録を見ていた。
「三田村さんの記録、六点です」
和久井は言った。
「五点差で勝った試合の、六点です」
要はコートを見ていた。
六十人がまだ立っていた。その中に鍬形がいた。ジャンパーの腕を上げていた。
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