第141話 二分十一秒
交代の表示が出た。
背番号がコートに出ていない番号だった。この試合、一度も出ていない番号だった。
湊川のベンチが少し動いた。ベンチの端でコーチが一人、資料をめくった。めくって、途中で手を止めた。
要にはその動きの意味が分かった。三田村亮は今季、十四試合で合計六十八分しか出ていない。
相手の資料には出てすぐ下がる二分しか載っていない。
六年、二分ずつしか使われなかったことが、この一瞬だけ価値になっていた。二分の選手の資料は、二分ぶんしかない。この選手がどこから打つかを、湊川のベンチは持っていなかった。
最初のポゼッション。
黒木隼人が運んで時計を一度殺した。急がなかった。急がないことで湊川の五人をいったん、自分たちの守りの形に落ち着かせた。
それからレイにあずけた。
レイがゴール下で体を二つ引きつけた。跳ばずに位置だけで二人を自分に集めた。ゴール下が二人ぶん厚くなる。そのぶん外が一人ぶん薄くなる。
ボールが外へ出た。
三田村がトップの右にいた。誰もそこに寄っていなかった。寄る理由を、湊川が持っていなかった。打たないはずの番号のその一歩を、誰も警戒していなかった。
打った。
高い弧だった。六年、練習後のコートで誰にも頼まれずに打ち続けた弧だった。
入った。三点差。
アウェイの六十人が、一拍遅れて気づいた。
湊川が次の攻撃でゴール下を突いた。
綱島のドライブがたまたま三田村の側に来た。三田村の前を簡単に抜けた。三田村の足は動いていた。動いていたが、行き先が半歩遅れた。守れない。六年、そう言われてきた通りだった。
失点。五点差。
三田村は戻りながら下を向かなかった。守れないことは六年、分かっていた。今日守るために出されたのではないことも、分かっていた。抜かれた一本を、三田村は顔に出さなかった。
二本目のポゼッション。
今度は幸田がコーナーにいる。相手がそこに一人寄った。コーナーの四割四分を、湊川は資料で持っていた。幸田には寄れた。
その内側が空いた。
宇野匠が走りながら出した。走りながら見ないで出した。潮見の若いのが一人また、見ないで出せるようになっていた。
三田村はもうそこで待っていた。走り込む幸田と待つ三田村。二人の場所が噛み合っていた。
打った。
入った。二点差。
湊川のベンチから声が飛んだ。何を言っているかは、要には聞こえなかった。だが指が三田村を指していた。ようやく湊川が三田村を見つけた。打たないはずの番号に、ようやく名前がついた。
そこから相手が三田村を狙い始めた。
三本目のポゼッションで綱島が三田村の側に回った。守れない側を突きにきた。
郷田が手を挙げた。
交代だった。
三田村がコートから出た。狙われるその一歩手前で、下げられた。二分の中でいちばん値打ちのある一秒で、下げられた。
出場、二分十一秒。三点シュート、二本中二本。得点、六。
ベンチで三田村はタオルをかぶらなかった。
膝に手をついて息をしていた。今季でいちばん短い出場だった。いちばん短くて、いちばん意味のある出場だった。
点差は二点になっていた。
湊川のアリーナが少しだけ静かになっていた。
太鼓が鳴っていた。だがさっきまでの塊ではなかった。揃っていた音のどこかが、ずれ始めていた。打たないはずの番号に六点取られたことが、五千二百の音の拍を乱していた。
要は二階からそれを見ていた。
隣で和久井が言った。
「……私、あの二分は、出せませんでした」
「はい」
「第四クォーターの、六点差。相手がまだ気づいていない。あそこ、私の紙には無いです」
和久井はコートを見たままだった。
「郷田さんが、六年、見てたんだと思います」
六年、使わずに見ていた。使わなかった六年ぶんが、その二分のどこに出すかを決めていた。和久井の紙が二分の長さを裏づけ、郷田の六年がどの二分かを選んだ。数字が長さを測り、記憶が場所を選んだ。
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