第140話 跳ばないほうが、先に着く
湊川ガルーダのホームは、去年建った。
要実は二階の客席にいた。ガルーダの関係者席ではなく、普通の席を買っていた。隣に和久井がいた。座席には背もたれがあった。潮見のコートの後ろのパイプ椅子を、要は思い出した。
アウェイ側の一角に、潮見のサポーターが座っていた。数えると六十人ほどだった。バスを一台、佐伯が手配していた。その中に鍬形がいた。エプロンではなく、ジャンパーを着ていた。店を閉めてきたのだった。
第一クォーターから離された。
湊川ガルーダは去年より強かった。外国籍が二枚と綱島。ローテーションが厚い。
最初のポゼッションからそれは出ていた。
ガルーダの外国籍が、ゴール下でサントスを一つ押した。押して、跳ねずに置いた。潮見のゴール下が半歩下がる。そこへ綱島が外から入ってきて、届かない距離で打った。入った。
返しはレイだった。跳ばずに位置で相手を締め出して、サントスにあずける。サントスがねじ込む。同じ二点だった。
だがガルーダはそれを二人で作らなかった。決めるところは一人で作っていた。潮見は二人がかりで同じ二点を返していた。一本ごとにその差が点差の裏で積もっていった。
前半を終えて十二点差だった。
それでも二十点にはならなかった。
サントスとマーカス・レイが、ゴール下で二人になっている。東と李濬浩が走る。幸田はコーナーから動かない。
離されそうになるたびに、誰かが一本返した。李濬浩が走り負けずに、速攻の最後に合わせる。東がこぼれ球に二人ぶんの足で追いつく。幸田が一度だけコーナーから決める。守りに一人を割かせて、内側のレイに一人足りなくさせる。
派手な一本は一つも無かった。ただ十二点が十四点にならなかった。
五千の音は潮見の音とは違った。
太鼓があり、コールがあり、揃っていた。潮見の三千はばらばらの声が飛ぶ。名前を呼ぶ声も拍手も、揃っていない。ここは五千が一つの塊で鳴る。
アウェイの六十人は、その中でほとんど聞こえなかった。塊の中に六十人の声は吸い込まれた。
第三クォーター、番場剛が出た。
綱島が番場の前に立った。去年と同じだった。
最初のポゼッションで綱島がジャブを一つ入れた。番場の重心がわずかに動いた。動いた側と逆へ、綱島が抜けた。ゴール下まで誰も触れなかった。二点。
番場は走って戻る。戻る足が去年より半歩遅い。
二本目。綱島は同じジャブをもう一度入れた。番場は今度は動かなかった。動かなかったが、綱島は動かない番場の肩の上から跳んで決めた。跳ばない番場の上を、跳ぶ綱島が越えた。
二本抜かれた。アウェイの六十人が静かになった。
三本目。
綱島が三度目のジャブを入れる前に、番場が動いた。跳ぶためではなかった。位置を先に取るためだった。綱島が踏み込もうとした床に、番場の足が半歩先にあった。
綱島の肩がその番場に入った。
笛が鳴った。オフェンスファウルだった。
跳ばない男が跳ぶ男より先に、そこにいた。
アウェイの一角から声が上がった。六十人だった。五千の中の六十人だった。塊にはならない声だった。それでも番場のファウルドローには、その六十人だけが反応した。
番場はそっちを見なかった。ただコートの反対側へ、また半歩遅い足で走って戻った。
第三クォーターの終わりで、八点差。
十二点が八点になっていた。番場が抜かれた二本のあとに、潮見が少しずつ詰めていた。詰めたのは番場が一本、綱島を止めてからだった。
ベンチで郷田は腕を組んでいなかった。腕を組んで座るのが、郷田のいつもの姿だった。今日は組んでいなかった。手が膝の上で動いていた。
郷田が何を待っているのか。要には分からなかった。
分かるのは待っているということだけだった。それは和久井の画面には映らなかった。要の二階の席からも見えなかった。郷田の膝の上で動く手の中にだけあった。
「郷田さん、動きませんね」
要が言った。
「……はい」
和久井はそれだけ言った。コートから目を離さなかった。
要はその横顔を一度見た。この人は数字が出れば必ず口に出す。今日は出していなかった。
要もコートを見ていた。
第四クォーターが始まった。
残り、七分。潮見が六点を追っていた。
始まってすぐ、八点差が六点になった。李濬浩の速攻だった。だがそこから動かなかった。
ガルーダがタイムアウトを取らせない攻撃をしていた。攻めて外して、また自分で拾って攻める。潮見に息を継ぐ間を与えなかった。潮見の足が少し重くなっていた。前半の十二点を追い続けた足だった。
六点が縮まらない。縮まらないまま、時計だけが減っていく。
そのとき、郷田が立った。
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