第139話 六年、使わなかった
郷田学は練習が終わったあとのコートで、三田村亮を呼んだ。
他に誰もいなかった。
「三田村」
「……はい」
「湊川で、二分だけ出す」
三田村は意味が分からないという顔をした。
「二分、ですか」
「そうだ。二分で下げる。守らなくていい。三本打って、帰ってこい」
三田村は笑った。
短く、乾いた笑い方だった。
「……六年、使わなかったのは、あんただ」
「そうだ」
郷田は否定しなかった。
「今さら、二分ですか」
「そうだ」
コートの照明が半分だけ落ちていた。落ちていないほうが、二人の足元を照らしていた。
「俺はな」
郷田は言った。
「お前を、使えねえと思ってた」
三田村の顔がこわばった。
「……いや、違うな」
郷田は言い直した。
「使い方が、分からなかった。それを、使えねえって言葉で、片付けてた」
郷田はコートの床を見た。
「六年だ」
三田村は何も言わなかった。
しばらくしてこう聞いた。
「……それ、謝ってるんですか」
「謝ってねえ」
郷田は言った。
「謝っても、六年は戻らねえ。残ってる時間の話をしてる」
「俺、三十一になります」
三田村は言った。
「知ってる。だから、二分だ」
三田村はボールを持っていた。持ったまま、ついていなかった。
「六年、守備を直せって言われました」
三田村は言った。
「あんたにも、言われた。走り込みも足の運びも映像も、ぜんぶやった。……直らなかった」
「知ってる」
「直らなかった十年を、二分で片付けんな」
郷田は少し黙った。
それからこう言った。
「片付けねえよ」
「……」
「お前が直そうとした十年ぶんは、その二分の中に、入ってる」
三田村が顔を上げた。
「直らなかったから、使い方を変える。それだけだ。順番が、逆だっただけだ」
郷田は言った。
「早く気づかなかったのは、俺だ。それは、六年ぶん、俺のせいだ」
三田村はボールを一度だけついた。
音が体育館に響いた。
「……分かりました」
「もう一つある」
郷田は言った。
「この話は、誰にも言うな」
「え」
「チームにも言わねえ。要さんにも言わねえ。当日、俺が名前を呼ぶまで、お前も知らねえ顔をしてろ」
郷田は言った。
「向こうは、お前の資料を持ってねえ。今季、六十八分しか出てねえ男の資料なんか、作らねえからだ。……知られてねえことが、お前の武器だ」
三田村はそこでしばらく動かなかった。
「郷田さん」
「なんだ」
「俺、ずっと」
三田村は言った。
「知られてないのが、俺の問題だと思ってました」
その週から、三田村は練習後に残るようになった。
やっていたのはシュートではなかった。
コートの端から入って二本打って、戻る。その往復だけを一時間繰り返していた。
誰も理由を聞かなかった。三田村が残るのは、六年、珍しいことではなかった。
苅田悟がボールを拾っていた。誰にも頼まれていなかった。
いちばん奥のコートを、誰かが一人で走っていた。線から線まで黙って往復している。三田村の練習とは関係がなかった。誰もそっちを見なかった。
三日目の夜、東悠真が体育館に残っていた。
自分の練習を終えて帰りかけて、それを見ていた。
三田村が汗を拭きながら目を合わせた。
「なんだよ」
「いえ」
東はそれだけ言って鞄を持ち直した。
それから通路のほうへ歩きながら、振り返らずに言った。
「俺、十年、点を取れって言われてました」
三田村が動きを止めた。
「毎日です。フォームも五回変えました。取れませんでした」
東は言った。
「ここに来て、初めて、取らなくていいと言われました」
「……」
「馬鹿にされたと思ったかって、聞かれたら」
東は少し間を置いた。
「救われました」
東はそれだけ言って出ていった。
三田村はしばらくそこに立っていた。
苅田がボールを持ってきて渡した。
「三田村さん、もう一本いきます?」
「……ああ」
三田村は、コートの端へ戻った。
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