第137話 うるせえな
湊川ガルーダとの今季のホームゲームは、三月の第一土曜だった。
三千八百人が入った。今季のいちばんだった。
去年、この相手に潮見は二十四点差で負けている。その二十四点を要は覚えていた。
結果は八点差の負けだった。
三枚が揃った潮見と、揃っているガルーダ。枚数のハンデは去年のようには効かなかった。効かなくなって、そのぶん地力の差が見えた。枚数で隠れていた差が、枚数が揃うとむき出しになった。
それでも最後の五分まで、点差は一桁だった。
三千八百人が最後まで座っていた。八点差の負けを、三千八百人が最後まで見ていた。
番場剛は第四クォーターの残り六分から、コートにいた。
十八年目の膝で綱島の前に立った。
去年、一本だけ止めた。今年は二本止めて、三本抜かれた。二本と、三本。番場の膝は去年より一本ぶん、抜かれる側に傾いていた。
試合後、通路で綱島が待っていた。
「番場」
「よう」
二人はしばらく並んで立っていた。通路の先でまだ音がしている。試合が終わっているのに、音がしていた。
子どもがコートを走っている音だった。
「お前のとこ、うるせえな」
綱島が言った。
「そうか?」
「終わってんだろ、試合」
綱島は通路の先を見ていた。音のするほうを見ていた。
「……うちは五千入っても、こんな音、しねえよ」
番場は何も言わなかった。
「去年、聞いたよな」
綱島が言った。
「割に合ったか、って」
「聞いたな」
「あれ、俺が聞きたかったんじゃねえんだ」
綱島はそこで少し笑った。うまく笑えていなかった。
「俺は、正しかったはずなんだ。あのとき出て、給料も上げて、勝ちも増えた。……間違ってねえよ、なんも」
「ああ」
「なのに、なんで、こっちに聞きたくなるんだろうな」
綱島は番場の顔を見なかった。子どもの走る音のするほうを見たままだった。
「残ってたら、俺は」
そこで言葉が止まった。
続きは言わなかった。番場も聞かなかった。聞けば綱島が答えを言わなければならなくなる。それはこの通路で言う言葉ではなかった。
「じゃあな」
綱島はそう言って行きかけた。
三歩ほど歩いて振り返った。
「次、湊川だろ」
「そうだな」
「うちのホームだ。……五千入れる」
綱島は言った。
「そんときは、うちも、うるさくしてやる」
ロッカーの前で番場が東を呼び止めた。
「東」
「はい」
「比嘉な。お前が、教えろ」
東は少し驚いた顔をした。
「番場さんが、やらないんですか」
「やらねえ」
番場は膝にテープを巻き直しながら言った。四十分ぶんのテープだった。
「俺が教えたら、俺のやり方しか残らねえ」
「……」
「お前が教えたら、お前が考えたやり方が残る。お前は、俺に教わったことを、そのまま渡さねえだろ。自分で考え直してから渡す」
番場はテープを切った。
「そういうのが、残るんだ」
東はしばらく黙っていた。
それからこう言った。
「……番場さん。俺、教わったこと、まだ全部渡せてないです」
「知ってる」
番場は立ち上がった。膝に手をついて、立ち上がった。
「だから、急げって言ってんだよ」
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