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7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第十章 見落とし ―― 説明できない一人

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133/166

第133話 東さんが、いるので

撤退を決めた週の終わりに、佐伯涼真が鞄からノートパソコンを出した。


「関係のない話を、一つ、していいですか」


画面に動画が一本、開いていた。


一分だった。


試合後のコートだった。


子どもが十人ほど並んでいる。一ノ瀬樹が、片手を上げて、下ろす。子どもが走り出す。いちばん後ろの小さい子が転ぶ。東悠真が、走るのをやめて、そこに戻る。


その子が立ち上がって、また走り出す。東は、その子の半歩後ろを、ゆっくり走っている。


ゴールの下で、番場剛が両手を広げて待っている。


音は入っていない。字幕も無い。


「一月の頭に上げました。有料のほうじゃありません。無料の、短いやつです」


「……再生は」


「四万を、超えました」


要は画面を見ていた。


有料会員は二百十四人だった。その隣で、音の無い一分が、四万回見られていた。千五百万かけた試合の配信が、二百十四人。佐伯が、たぶん一人で撮った一分が、四万回。


「問い合わせも来てます。三十件くらい」


「取材ですか」


「いえ」


佐伯は画面のほうを見た。


「どこで習えますか、って」


画面の中で、いちばん小さい子が、まだ走っていた。


「佐伯さん」


要は聞いた。


「なぜ、これは見られるんですか」


佐伯は少し考えてから答えた。


「……僕が撮ってるのは、試合じゃないんです」


「はい」


「行きたくなるものを、撮ってます」


佐伯は、三十件の一覧を出した。ほとんどが、この町か隣の市の親からだった。


いちばん下に一件だけ、違うものがあった。


沖縄の高校の、三年生だった。


「どこで習えますか、じゃないんです」


佐伯は言った。


「戻った選手のところで、守備を教わりたい、と」


名前を、佐伯は読み上げた。


比嘉(ひが)尚(なお)。一月のドラフトで、名前を呼ばれなかった選手だった。


沖縄の強豪校で、三年間、得点を取り続けた選手だった。三年の平均が二十一点。それでも、二巡目までに名前が呼ばれなかった。二十一点取る選手が呼ばれなかった。その翌日に、この一通が来ていた。


理由ははっきりしていた。


「守備です」


和久井蒼が資料を出した。名前を渡してから二日だった。


「この選手が出ている時間帯、相手の得点が、平均で八点上がります。取る点より、取られる点のほうが多い試合が、去年、七つあります」


「……取れるのに、勝てないということですか」


「そうです。上のクラブほど、そこを見ます」


取れる選手は目立つ。目立つから、上のクラブが先に見る。そして、守備で消える。二十一点は、上のクラブの資料の中で、八点に打ち消されていた。


「一ノ瀬さんのときと、型が違います」


和久井は言った。


「一ノ瀬さんは、誰も教えなかった選手でした。部員七人の高校で、三年間、四十分出続けた。比嘉さんは、逆です」


「逆」


「強豪校です。毎日、教わってます。ただ、守備だけ、教わっていません」


和久井は資料をめくった。


「点を取る係として、三年間、大事に使われた選手です」


大事に使われた、という言い方を和久井はした。大事に使うことと、一つのことしかさせないことは、この人の資料の中で、同じ形をしていた。幸田と少し似ていた。


去年までなら、この名前は要の紙に載らなかった。要が見ていたのは、誰も見ない選手だった。二十一点取る選手を、要は見ない。見ないところへ、向こうから一通が来ていた。


要はその資料を郷田に渡した。


郷田は、映像を三十分見て、こう言った。


「守れねえな」


「はい」


「だが、守り方を知らねえだけだ。怠けてるわけじゃねえ。足は動いてる。行き先が、分かってねえだけだ」


郷田は映像を止めた。止めた場面で、比嘉の足は、動いていた。動いて、間違った方向へ行こうとしていた。


「東に、見せろ」


東悠真はその映像を二回見た。


二回目のあとに一言だけ言った。


「……この子、誰も、何も言ってないんですね」


誰も、何も言っていない。足が動いているのに、行き先を、誰も教えていない。東は、それを二回見て、言い当てた。十年、点を取れと言われ続けた男には、教わらなかったものが、映像越しにも見えた。


面談は二月の初めだった。


比嘉は、要の顔より先に、体育館の中を見ていた。古い体育館だった。半分だけ新しい床。壁の札。


「なんで、うちなんですか」


要が聞くと、比嘉は少し迷ってから答えた。


「東さんが、いるので」


「……」


「守備で入る場所が分からないって、去年、監督に言ったら、そんなもんは慣れだって言われました。それで、動画を探してて、あれを見ました」


比嘉は言った。


「転んだ子のところに、戻った人です。……試合の映像も、探して見ました。この人、誰にも褒められてないのに、ずっと同じことしてます」


誰にも褒められない場所で、同じことをし続ける。比嘉はそれを、音の無い一分の中に見つけていた。二十一点取る選手が、探して見つけたのが、点を取らない選手だった。


その日の夕方、和久井が数字を持ってきた。


「今年、うちに問い合わせをしてきた高校生の数です」


紙には四つの年が並んでいた。


去年の四倍だった。


「一ノ瀬さんの二年目です」


和久井は言った。


「金は、一円も動いてません」


要はその紙を見ていた。


千五百万は、町の外に客を作らなかった。町の外から来たのは、金を払う客ではなく、金を払わない一分を見た十八の選手だった。

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