第132話 十分で、やめた
撤退を決めたのは、二月の第一週だった。
要は会議を開かなかった。浜口と和久井を呼んで、十分で終わらせた。始めるときは会議を開いて、やめるときは十分だった。
「三月いっぱいで、止めます」
「はい」
「会員の方には、残りの月ぶんを返します」
浜口はうなずいた。返す、というところで、浜口は少しだけ顔を上げた。二百十四人ぶんの残りの月。それを返すのも要の私財だった。
損失はその場で出た。
初期の千五百万に対して、回収は百六十万ほど。半分近くは、年払いで先に受け取った金で、返すぶんも、そこから出る。機材は残るが売っても二束三文になる。
浜口はそこに二行足した。
「実況の外注と回線は、年で契約してます。途中でやめるぶんの違約金が、百万。……それと、リーグの許諾料は、返ってきません」
「千四百万です」
浜口は言った。
「蔵本さんが、去年から積み上げた協賛の増分が、年で千八百万。……その、八割です」
蔵本が一年かけて、一軒ずつ頭を下げて積んだものの八割。それが、一つの判断で、消えた。要が決めた判断だった。
損益分岐の紙は書き換わらなかった。
四千百。実績は三千三百。差は八百人ぶんのまま。
書き換わったのは別の紙だった。
「尽きる月は」
要が聞いた。
「三月から、二月に戻ります」
浜口は言った。
「蔵本さんが延ばした一ヶ月を、要さんが、使い切りました」
その日の夕方、蔵本が事務室に来た。
「要さん」
「はい」
「私は、あのとき、売れると言いました」
蔵本は机の前に立ったまま言った。
「営業が、売れると言ったんです。あれは、私の失敗です」
「違います」
要は言った。
「蔵本さんは、この町のことを知ってます。町の外のことは、知らない。僕も、知らなかった。……知らないことを、僕が決めました」
蔵本は、何か言おうとして、やめた。
しばらくして、「明日、二十軒回ってきます」とだけ言って、出ていった。失敗を、詫びる代わりに、二十軒。それがこの男の詫び方だった。
佐伯が来たのはその後だった。
「要さん。すみませんでした」
「何がですか」
「一月に、僕、言おうとして、やめました」
佐伯は言った。
「入って一年半で、まだ一度も要さんに反対したことがなかったんです。それで、最初の一回がこれなのは、まずいかなと思って」
要は首を振った。
「聞かなかったのは、僕です」
「……」
「次からは、言ってください。最初の一回が遅れるほど、二回目も遅れます」
佐伯はうなずいた。
「一月に言おうとしたのは、一つだけです」
佐伯は言った。
「試合は、行けば見られます。リーグの画面でも、見られます。……売っちゃ駄目だったのは、試合です」
要は、その言葉を書き留めなかった。
書き留めるには、まだ分かっていなかった。行けば見られるものを売ったことは、分かった。では、何なら売れたのかが、分かっていなかった。
佐伯が出ていったあと、要は一人で残った。
引き出しに、浜口の紙が入っている。尽きる月が書いてある紙だった。三月、と書いてあった字が、二月に戻っていた。
分かっていたのは、二月に自分の金が尽きることと、あと二十五試合あることと、後ろの席のパイプ椅子が硬いことだけだった。
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