第134話 打つな、じゃない
一ノ瀬樹は二年目だった。
出場は一試合で二十分を超える日が増えていた。得点も二桁に届く日がある。去年、役割を守ることを覚えた選手が、今年は、役割の中で点を取り始めていた。
覚えたばかりの点は少し危なかった。
二月の中旬、遠征の二日目だった。
一ノ瀬が第三クォーターに三本続けて外した。三本とも無理な形だった。取れるようになった手が、取りにいっていた。
ベンチに下がって、タオルをかぶった。
ロッカーで、東が一ノ瀬の隣に座った。すぐには何も言わなかった。靴を脱いで、それから、言った。
「樹」
「……はい」
「今日、お前、何回戻った」
一ノ瀬が顔を上げた。
「戻り、ですか」
「そうだ」
「……数えてません」
「四回だ」
東は言った。
「先週は、十一回だった」
一ノ瀬は何も言わなかった。四回と、十一回。数えていなかった数字を、東は、数えていた。
「点、取れるようになったな」
東は言った。責める声ではなかった。
「取れるようになると、取ることを考える時間が増える。俺は、そうなったやつを、何人か見た。上手くなってるのに、勝てなくなるやつだ」
東は靴紐をほどきながら言った。手元を見たまま、言った。
「打つな、とは言わねえ。お前は打っていい選手になった」
「……」
「打ったあとに、走れ」
打つな、ではなかった。打ったあとに、走れ、だった。取り上げるのではなく、一つ足す。東の教え方は番場の教え方とは少し違っていた。
その夜、一ノ瀬は宇野匠と同じ部屋だった。
宇野が映像を見ていた。自分のではなかった。一ノ瀬の去年の映像だった。
「なんで、俺のなんて見てるんだ」
「一ノ瀬さん、去年、点取ってないんですよ」
宇野は言った。
「取ってないのに、出てました。何をして出てたのかが、知りたくて」
一ノ瀬はしばらくその画面を見ていた。
去年の自分がコーナーから走って戻っていた。誰にも褒められない場所を、四十二回、往復していた。点を取っていない自分が、そこにいた。今より、たぶん、勝ちに近いところにいた。
翌週、要は郷田に呼ばれた。
コーチ室で郷田は紙を見ていた。手書きではなかった。和久井の画面を印刷したものだった。
「東が、教えてる」
郷田は言った。
「番場じゃなくてな」
「……はい」
「去年までは、番場が一人で全部やってた。志水も、一ノ瀬も、あいつが拾ってきた」
郷田は、紙を置いた。
「今は、番場が教えたやつが、次を教えてる。……そういうもんは、二年じゃ、できねえと思ってた」
二年じゃできないと思っていたものが、できていた。番場の膝が減っていくのと、入れ替わるように、東が教え始めていた。郷田は、その入れ替わりを、印刷した画面の上で見ていた。
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