第126話 打つな
幸田が「やります」と言った翌日、郷田学は練習で五人を呼んだ。黒木、宇野匠、東悠真、マーカス・レイ、そして幸田。
「幸田」
郷田は言った。
「もう一度言う。コーナーから出るな。それ以外は、打つな」
「はい」
「ドライブもだ。目の前が空いてても、行くな」
「……はい」
郷田はそれから他の四人に言った。
「こいつがコーナーにいる。それだけ、頭に入れとけ。探すな。いる前提で出せ」
いる前提で出せ、という言葉を、郷田は二度言わなかった。一度で四人に伝わった。伝わったことを、郷田は四人の目で確かめた。
練習では嵌まった。
幸田がコーナーに立つ。相手がそこに一人つける。すると、ゴール下のレイに、一人足りなくなる。
相手がゴール下を締めると、コーナーが空く。
黒木が見ないでパスを出した。二本続けて、通った。見ないで通ったパスは、練習でも少し、歓声のようなものを呼んだ。
「うまくいってますね」
要が言うと郷田は首を振った。
「まだだ。練習は、誰も本気で嫌がってこねえからな」
最初の試合は十二月の第二週だった。
そして、うまくいかなかった。
前半、幸田にボールが二本しか行かなかった。
コーナーに立っている。立っているだけで、何もしていないように見える。相手がそこを気にしないので、味方も出さない。立っていることは、動いていないことと、区別がつかなかった。
第三クォーターの半ばに、幸田が動いた。
コーナーから離れて、ゴール下に走り込んだ。前の四年間、そうやって仕事を作ってきた体だった。空いたところへ入る。それがこの選手の四年ぶんの反射だった。
その瞬間に、黒木のパスが、誰もいないコーナーへ飛んだ。
ボールはそのまま線の外へ出た。
ベンチで、郷田は交代を出さなかった。
幸田は、そのまま二分間、コートにいた。長い二分だった。誰もいないコーナーを、幸田は一度、振り返った。
黒木は幸田を見なかった。パスを出した先に、幸田がいなかったこと。それだけが黒木の顔に出ていた。責めてはいなかった。ただ、次も見ないで出すつもりだった男が、出す先を一つ、失っていた。
試合は七点差で負けた。
ロッカーの前で、幸田が黒木に頭を下げた。黒木は何も言わなかった。何も言わないのが、いちばん応えたはずだった。
郷田だけが、一言、言った。
「幸田。動くのは、簡単だ」
郷田は言った。
「そこに立ってるほうが、しんどい。……分かってから、来い」
その夜、和久井は要の紙を見ていた。
「私、間違えたかもしれません」
和久井が言った。
「数字は合ってます。でも、その数字を出すのに、あの人が何を捨てるかまでは、計算に入ってませんでした」
四年ぶんの反射を捨てること。それは和久井の紙には載っていなかった。
要は答えた。
「入れられるようになったら、教えてください」
「……いつか」
和久井は言った。それは、はいでも、いいえでもなかった。
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