第121話 五千一〇二
問題は机だった。
事務室には五つ入っている。要、浜口、宮里、佐伯、蔵本。六つ目の場所がどこにも無かった。机と机のあいだは、もう椅子一つぶんの隙間しかなかった。
「隣の倉庫を、片付けましょう」
言い出したのは蔵本だった。
倉庫は体育館の一階の奥にある。二十年、まともに開けていなかった。扉が建て付けで途中で引っかかった。
要と蔵本と佐伯の三人で、土曜の午前に入った。
段ボールが天井近くまで積んである。埃を吸わないように、佐伯がマスクを配った。窓が無く、電球が一つ、切れかけていた。
出てきたものは、ほとんどが要らないものだった。
壊れたスコアボードの部品。二十年前の会報。使われていない応援旗。破れたバックボード。どれも、捨てるために二十年、しまわれていたようなものだった。
蔵本が途中で手を止めた。
「要さん」
平たい箱を開けている。中に、額装された写真が入っていた。埃を手で払った。
体育館の内部を、上から撮った写真だった。
満員だった。
一階も二階も隙間なく人が座っている。通路に立っている人がいる。旗が振られている。
今と同じ体育館だった。床の境目の線も同じ位置にあった。ただ、その線の上にも、人が立っていた。
写真の裏に、日付と手書きの一行があった。
入場者 五,一〇二
十四年前の三月だった。
「大洋の、企業チームの終わりのころですね」
佐伯が言った。地方紙にいた男は、その年のことを知っていた。
「地区の決勝でした。負けたんですけど、この日だけは、市外からも人が来たと聞いてます」
「五千人しか、入らないはずですよね」
要が言うと、佐伯は写真の通路のところを指した。
「当時の届出の定員は、五千二百人です。改修のときに、通路と車椅子の区画を広げて、今の五千になりました。……それでも、立っている人が写ってます」
要は写真を見ていた。
コートの端に、若い選手が写っていた。番号が七だった。
顔は粒が粗くて分からない。だが、七だった。
蔵本が、その写真を持ったまま、動かなかった。
「私は、この年、まだ大洋の若手でした」
蔵本は言った。
「券を配る側でした。……この日は、配らなくても、埋まりました」
配らなくても埋まった日が、この町にも一度あった。蔵本はその日を券を配る側で見ていた。埋めるために配って、配らなくても埋まった日を一度だけ、見た。
「その日のこと、覚えてますか」
要が聞くと蔵本は少し考えた。
「音を、覚えてます」
蔵本は言った。
「何の音かは、分かりません。ただ、うるさかった。券を配らなくて済んだのは、あの一日だけでした。……次の年から、また、配る側に戻りました」
要はその"うるさかった"を聞いていた。今の体育館にも、試合のあと、子どもの走る音がある。あれも、うるさい、と言われる種類の音だった。埋まった体育館は、どうやらうるさいものらしかった。
要は、四千という数字をこの二年半、何度も紙に書いてきた。
昇格の基準。届かない数。今のハコの八割。
その数字が、この体育館で一度、実際に埋まっていた。四千どころか、五千を超えていた。
写真は事務室の壁に掛けることにした。
浜口が「掛けるなら、要さんの机の上じゃなくて、入口の上にしましょう」と言った。理由は言わなかった。入口の上なら、出入りのたびに、全員が見上げる。浜口は、たぶん、それを狙っていた。
倉庫は月曜には部屋になった。机が一つと、椅子が一つと、電源が二口。窓は無い。
和久井は、初日にその部屋を見て、こう言った。
「静かでいいです」
それだけだった。窓が無いことも、電球が切れかけていることも、この人は、気にしなかった。
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