第104話 十八分で、下げる
十月の中旬だった。
開幕から七試合目。潮見は三勝三敗でそこに立っていた。
去年も開幕は三連勝だった。ただし、相手がサントス一枚に慣れるまでの三つだった。慣れられてからは、十月いっぱいで一つしか拾えていない。今年の三つは三枚が揃って立った試合だった。慣れられる前の勝ちでは、なかった。
その週は遠征の連戦だった。
土曜に競り勝った。二点差だった。マーカス・レイが、二十六分出て、十二点とリバウンド九本。ゴール下で、跳ばずに位置を取り続けた。膝のテープが後半少しずれていた。ずれたテープを、レイは自分で時間の合間に直していた。
日曜の朝、宮里澪が、郷田学のところへ来た。
「レイは、今日から、十八分までです」
郷田は朝食の席でそれを聞いた。パンを、手に持ったままだった。
「……昨日、二十六分だ」
「はい。二十六分は、昨日が最後です」
宮里は紙を出した。手術の記録と、今季七試合ぶんの膝の周径と、着地の左右差が並んでいた。数字は昨日の試合のあとに増えていた。右の膝が、左より二ミリ、太くなっていた。
周径は、毎朝同じ時刻に、宮里が自分の手で測っていた。試合の日だけ測っても、比べる元が無い。毎日の同じ数字があって、初めて二ミリが意味を持つ。
測る前に、膝の裏へ指を一度あてる。数字に出る前の張りは先に指に出る。宮里はそれを紙に書かない。書けない種類の数字だった。
「連戦の二日目だけの話じゃ、ありません。数字が出たら、そこで上限を決める。……獲るときに、そう申し上げました」
「聞いてる」
郷田はそれだけ言って紙を受け取った。パンを皿に戻した。
問題はレイ本人だった。
昼に、通訳を通して伝えると、レイは首を振った。
「行ける」
短い英語だった。通訳が訳す前に意味は分かった。
「宮里さんの判断です」
要実がそう言うと、レイは初めて長く喋った。
通訳がそれを日本語にした。
「俺の契約は、一年だ、と言っています」
「……はい」
「去年、市場から降りられた。日本で駄目なら、次は無い。使える体だと、証明しないと、来年が無い」
レイは要の顔を見ていた。証明する場所を、この選手はこれまで一度ももらえなかった。もらえないまま、市場が降りた。だから、もらえた場所を、削ってでも使いたい。その理屈は要にも分かった。
要はその場でこう言った。
「あなたを買ったのは、六十試合ぶんです」
通訳が訳した。
「一試合の十八分ぶんじゃありません。六十試合で、いくら返してもらうかで、値段をつけました。十八分で下がるのは、契約どおりです」
レイはしばらく黙っていた。
それから、うなずいた。納得した顔ではなかった。だがうなずいた。膝のことより、契約の話のほうが、この選手には通じた。証明したい男に、要は証明の総量で答えた。
日曜の試合は負けた。
十四点差だった。
第三クォーターの半ばに、レイが十八分に達した。郷田が下げた。そこから、ゴール下が保たなかった。相手の外国籍二枚が、内側で好きにやった。サントスが一人で抱えた。東悠真が外から中へ何度も戻った。
去年と同じ景色だった。レイがいないと潮見は去年に戻った。
ロッカーの前で郷田が宮里に言った。
「宮里」
「……はい」
「今日のは、お前のせいじゃねえ」
郷田は上着を掴みながら言った。
「十八分で勝てる形を作れなかったのは、俺だ。制限があるのは、最初から分かってた」
宮里は何も言わなかった。言えなかった、というほうが近かった。守るのが仕事の人間が、守った結果、負けた。その負けを郷田が引き受けた。宮里はそのことにまだ慣れていなかった。前の職場では、負けはいつも、宮里の側に置かれていた。
月曜の朝、浜口が事務室で紙を見ていた。
「開幕の三試合で増えたぶんが、戻りました」
浜口は言った。
「三千二百、三千百、三千。今週が、二千九百です」
要はその並びを見た。勝てば増えて、負ければ減る。四千二百までの差は、勝ち星の分だけ開いたり縮んだりしていた。
「勝てば増えて、負ければ減る。……当たり前の話ですが」
浜口は言った。
「うち、まだ、その当たり前の中にいます」
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