第102話 私は、あのクラブには、行けません
大洋重工が撤退した年の協賛企業の一覧は、四十一社あった。
紙は黄ばんでいた。角が丸くなっている。倉庫の奥から出てきたときのままで、要はそれを机に広げた。印刷された社名の下に、担当者の名前が小さく入っている。その一枚目のいちばん下に、蔵本、と読める名前があった。
要実は上から順に電話をかけた。
三日で十九社が消えていた。番号が使われていない。移転先が分からない。出た相手に用件を言うと、途中で切られたところが四つあった。切られる前に相手の声が低くなる。その低くなり方に、要は五年前の何かを聞いた気がした。潮見という名前が、まだいい思い出になっていない家が、この町にはあった。
残ったのは二十二社だった。そのうち十社は、去年の小口協賛の壁に、もう札が掛かっている。
つまり、新しく当たれる先は、十二社だった。名簿の四十一から、二十九が五年で消えていた。消えた二十九のうち、いくつが潰れて、いくつが潮見を嫌って離れたのかは、電話では分からなかった。
「その名前、僕のメモにあります」
佐伯涼真がそう言ったのは四日目の昼だった。
「五年前です。造船所が閉まる日に、商店街で聞き取りをしました。使えなかった話が、いくつも残ってます」
佐伯は古いノートを持ってきた。表紙が擦れて、社名が読めなくなっている。地方紙にいたころの取材ノートだった。使えなかった話、というのは、記事にならなかった話のことだった。この男は、それを五年、捨てずに持っていた。
「総菜屋のご主人が、こう言ってました。会社の人間はもう誰も来ない。ただ、一人だけ、頭を下げに来た若いのがいた、と」
「名前は」
「書いてあります」
佐伯はページを開いた。指で行を辿った。
蔵本誠、と鉛筆で書いてあった。五年ぶんの鉛筆の薄さだった。
名簿の下に印刷された名前と、取材ノートに鉛筆で残された名前が、同じだった。要はその二つを机の上に並べて置いた。
佐伯が居場所を辿るのに、二日かかった。
要にはその手順が分からなかった。佐伯は説明もしなかった。電話を何本かかけて、名前を何度か出して、それだけで、住所が一つ紙に載った。
ただ、二日目の夕方に住所を持ってきて、「地方紙で五年やると、これだけはできるようになります」と言った。それがこの男の五年ぶんだった。記事にならなかった話と、人を辿る手順。潰れた新聞社を出るとき、佐伯が持って出られたのは、それだけだった。
隣の市のホームセンターだった。
日曜の昼で、駐車場は埋まっていた。園芸用品の売り場にその人はいた。
腰の高さの棚に、肥料の袋を並べ直している。青いエプロン。名札に、蔵本、とある。
五十三歳だと、佐伯のメモにはあった。だが、動き方は、それより老けて見えた。袋を持つとき、腰を一度かばうように使った。
要は近づいた。売り場の土と肥料の匂いがした。
「蔵本さん」
その人は袋を持ったまま顔を上げた。人のよさそうな、疲れた顔だった。
「はい。何かお探しですか」
「潮見ブルーホエールズの要と申します」
袋が下がった。抱えていた肥料が、棚の端に音を立てて置かれた。
蔵本の顔から、接客の表情が、すっと抜けた。抜けたあとに残ったのは、無表情ではなかった。要が今まで見たことのない種類の顔だった。怯えでも怒りでもない。もっと古いものだった。
「……何の、御用ですか」
声が低くなっていた。四日間、電話の向こうで聞いた、あの低くなり方と、同じだった。
「うちで、働いていただきたくて来ました」
蔵本は袋を棚に置いた。両手が空いた。それでも、要のほうを見なかった。売り場の天井のほうを見ていた。
「お帰りください」
蔵本は言った。
「私は、あのクラブには、行けません」
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