第96話 組合の名を騙る者
その行商は、いつのまにかグラナの近在に現れていた。
幾台もの荷車を連ね、村から村を回って品を売り歩いていた。安かった。そしてどの品にも「組合公認」の焼き印が押してあった。組合の触れで、グラナの目利きの印は無効になった。ならば組合公認の品こそ確かだろう。混乱した人々はそう思って買った。薬。布。塩。日々の暮らしに要るものが相場より安く手に入る。村は喜んで荷車を迎えた。
異変は数日して持ち込まれた。
近在の村から年老いた女が一人、グラナの相談所へやってきた。布の包みを大事そうに抱えていた。
「目利きのレイ様。どうか、これを視てくだせえ」
包みを開くと、なかには小さな薬瓶がいくつもと、織りの布が一反、入っていた。
「組合公認の焼き印つきで、行商から買っただ。薬は熱に効くと言われて。布は冬の着物にすると。村じゅうが買った。──だけんど、孫が熱を出して、この薬を飲ませても、ちっとも下がらねえ。それで、急に心配になって」
俺は薬瓶を一つ手に取った。栓を抜き、匂いをかぎ、光に透かした。
「……ダメですね、これ」
「やっぱり、ですか」
「これは、熱冷ましの薬草を煎じたものです。でも薬草の量が本物の半分もない。あとはただの水で薄めてあります。色だけそれらしくつけてある。──これじゃあ、いくら飲んでも効きません。孫さんには、ちゃんとした薬を、早く」
女の顔が青ざめた。
俺は織りの布も広げて視た。表はつやのある上等な織りに見えた。けれど横糸を指でなぞると、ところどころ細く痩せていた。
「この布も、外れです。表の何本かは良い糸ですけど、なかに痩せた古糸が混ぜてある。冬に何度か洗えば、その糸から裂けます。──着物には、向きません」
女は布をぎゅっと握りしめた。なけなしの銭で買った、孫のための薬と冬着だった。それが両方とも外れだった。組合公認という焼き印を信じて。
俺はその薬瓶を見つめた。薄めた薬というのは、ただ効かないだけではない。効くと信じて飲み続ければ本当の手当てが遅れる。熱を出した子どもなら、なおさらだ。布なら裂けても着直せばいい。けれど薬は、人の命にじかに関わる。安く売り逃げる者には、ただの水増しの一手かもしれない。けれどそれを掴まされた村にとっては、孫の命の重さがかかっていた。商会の偽印のときもそうだった。安く出回る外れほど、いちばん弱い者のところへ流れていく。
◇
俺はその焼き印を、もう一度よく視た。
組合の紋を真似た、それらしい印だった。けれど本物とは違っていた。
「セレネさん。この焼き印、本物ですか」
セレネが銀の徽章の持ち主として、印をのぞき込んだ。それから首を振った。
「いいえ。これは、組合のものじゃない。──紋の天秤の皿が、本物は左右で釣り合っているの。でもこれは右が少し下がっている。よく似せてあるけど別物よ。組合公認なんて、真っ赤な嘘。組合とは、何の関わりもない行商だわ」
俺はそれを聞いて、少しだけ変な気持ちになった。
組合は、徽章なき俺の印を「信用できぬ」と無効にした。組合の名でなければ品の保証にならぬ、と。けれど今、その組合の名を勝手に騙る者が現れて、村じゅうに外れの薬と布を売りつけている。本物の組合は、それを止められていない。止める手が、村の隅々まで届いていない。
考えてみれば、当たり前のことだった。徽章を持つ鑑定士の数は限られている。みな本部や大きな街にいる。近在の小さな村まで一軒ずつ品を検めて回る者など、どこにもいない。だから偽の焼き印は誰にも咎められず広がった。組合の権威は、その名を畏れる者には効く。けれど、名を畏れず利用する者には、何の歯止めにもならなかった。権威とは、そういうものなのかもしれない。守られているように見えて、いちばん端のところはいつも誰の手も届かずに残されている。
「皮肉なものね」
セレネがため息をついた。
「組合は自分の名を守るためにあなたの印を無効にした。──そうしたら、その守るべき名を、こうして偽物に使われている。徽章を持たないあなたが暴かなければ誰も気づかなかった。組合の名を、組合じゃない者から守っているのが、組合に追い出された目利きだなんて」
◇
話は近在の村へすぐに伝わった。
行商の品を買った者たちが不安になって、続々とグラナへやってきた。俺は一つずつ視た。薄めた薬。痩せた糸の布。砂を混ぜた塩。半分は外れだった。残りの半分はまずまずの品だった。全部が悪いわけではない。だからこそ人は信じてしまう。たまに良い品が混じっているから、組合公認は確からしいと思い込む。商会が抜き取り検めでやっていたことと、同じだった。
俺は外れの品を一つずつより分けて、村の人たちに返した。
「この薬は、効きません。これは大丈夫。布は、こっちが外れで、こっちは良いものです。──買った銭は、戻らないかもしれません。でも、外れを掴んだまま使うよりは、ましです」
村の人たちは口々に礼を言って帰っていった。なかには組合公認の焼き印を、その場で削り落としていく者もいた。もう、その印は何の安心にもならなかった。
その行商は、グラナの目利きが品を割って回っていると知ると、夜のうちに荷車をたたんで、近在から姿を消した。安く売り逃げる。それが、もともとの手口だったのだろう。組合の名を騙り、混乱に乗じて外れを掴ませて去る。触れが市場を乱したぶんだけ、こういう者の付け入る隙が生まれていた。
◇
その夜、ミレイユが帳場で、ぽつりと言った。
「組合は、連合の信用を守るために、あなたを締め出した。──でも、締め出した結果、信用はもっと乱れている。偽の組合公認まで出回って。これじゃあ、何のための触れだか」
「組合の人たちも、たぶん、困っているんだと思います」
俺は言った。
「悪気があるわけじゃないんだと思います。ただ、徽章を持つ者だけが品を見定めていいという決まりを守りたいだけで。──でも、その決まりだけじゃ、村の隅々までは守れない。手が、足りないんです。それは、誰のせいでもなくて」
ミレイユが俺の顔を見て、少し笑った。
「あなたって、本当に、誰のことも恨まないのね。追い出した商会のことも、締め出した組合のことも」
「恨んでも、品はよくなりませんから」
俺は机に積まれた明日視るべき品を眺めた。
偽の組合公認の品が、まだ近在に残っている。それを一つずつ視ていくしかなかった。組合との争いは、いつ終わるとも知れなかった。けれど終わるまで、やることは決まっていた。来た品を視て、視たままを言う。困った人がいたら、答える。
ただ、それだけだった。
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