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第69話 束ねれば隠せない

 検めの朝。組合本部の広間は、人で埋まっていた。


 長机に並ぶ、数えきれぬ品。その脇に立つ、十人の鑑定士。みな胸に徽章を光らせている。銅。銀。そして、いくつかの金。連合じゅうから選ばれた、目の確かな者たちだ。


 その十人の前に、俺は立たされた。


 徽章のない、ただの元検品係。場違いもいいところだった。鑑定士たちの目が、品を見るより先に俺を値踏みしていた。


「これが、噂の目利きか」


 誰かが低くつぶやいた。


「徽章も持たぬ田舎者に、何が分かる」


 声の主は、痩せた中年の鑑定士だ。銀の徽章を胸に下げている。検めの場でもいちばん端に陣取り、腕を組んでいた。


「理事。私は、この検めに異を唱える」


 男は理事に向かって言った。


「徽章なき者に品の真贋を委ねるなど、組合の名折れだ。来歴が視えるなど、子どもだましの作り話。私は認めぬ」


 広間が、しんとした。


 俺は何も言わなかった。言い返したところで、証しにはならない。俺の目は組合の物差しの外にある。それは最初から分かっていた。


 理事が静かに口を開いた。


「ならば、見てから言え。彼が当たりをつけ、お前たちが徽章で確かめる。それで偽りが出なければ、お前の言うとおりだ。出れば──お前が頭を下げる」


 検めが、始まった。


 俺は長机のあいだを、ゆっくりと歩いた。


 並ぶ品を一つずつ目で追う。来歴を視るのではない。第一層だ。罅。傷み。作りのちぐはぐ。それなら、視ずとも目に入る。一日に何品でも見られる。


 来歴は、ここぞというときだけ。一日に三つか四つ。それが限りだ。だから、まず目で絞る。怪しい品だけを選り分けていく。


 最初の机に、一枚の絨毯があった。


 深い緋色の見事な織りだ。証文には「東の高地の織り」とある。連合じゅうで名の通った最上の産地だ。


 俺はしゃがんで絨毯の縁に触れた。


「これは──本物です」


 鑑定士たちがわずかにざわついた。偽りを暴く場で、いきなり「本物」と来たからだ。


「横糸の詰まり。染めの深さ。毛の縮れ方。どれも、東の高地のものです。これは、偽っていません」


 俺は静かに言った。


 端の痩せた鑑定士が鼻を鳴らした。


「本物を本物と言って、何になる」


「偽りを暴くのも、本物を守るのも、同じことです」


 俺は立ち上がった。


「偽物ばかりを探していると、本物まで疑われる。まっとうに織った人の品が疑いの中に埋もれる。それは気の毒です。だから、本物は本物と言います」


 理事が銀の徽章の鑑定士に、絨毯を検めさせた。


 男は徽章をかざし、しばらく織りを見る。それから低く言った。


「……等級、最上。状態、申し分なし。東の高地の織りに、間違いない」


 俺の見立てと一致した。


 俺は検めを続けた。


 次の机には、陶器が並んでいた。白い肌の上品な壺だ。証文には「西の窯の品」とある。それも由緒ある産地だ。


 俺は壺を一つずつ見ていった。


 ほとんどはまっとうな品だ。だがひとつだけ、肌の色がわずかに違った。


 手に取る。指でなぞる。土の目がほかの壺より粗い。


「これだけ、おかしいです」


 俺はその一つを脇へ寄せた。


「西の窯の品と、証文には書いてあります。でも、土の目が違う。これは、たぶん別の窯のものです」


 俺はその壺を両手で包んだ。


 念じた。頭の奥がじんと重くなる。来歴の目だ。今日の、一つ目。


 視えてきたのは、南のはずれの小さな窯だ。安い土で数を焼く窯だ。そこで焼かれた壺が、商会の蔵へ運ばれる。蔵で証文が書かれる。「西の窯」と書いて。安い壺が、由緒ある産地の品に化けた。


 俺は目を開けた。


「南のはずれの窯で焼かれた壺です。それを商会が買い、蔵で『西の窯』の証文をつけて売った。中身は安い壺です」


 端の鑑定士が奪うように壺を取った。


 徽章をかざす。等級を読む。それから証文と突き合わせた。


 男の眉が寄った。


「……証文の墨が、二度書かれている。産地の字だけ後から書き直した跡がある」


 男の声がわずかに掠れた。


 俺は検めを続けた。


 午前のうちに、来歴の目を三つ使った。陶器。延べ銀。それから、香木。どれも産地を偽った品だ。


 延べ銀は、南の安い鉱の銀に、北の名のある刻印を打ったもの。刻印の銀の色が、本体とわずかに違っていた。色の違いを、視れば来歴が裏づけた。香木はただの安木に、香を焚き染めただけのものだった。削れば、芯から匂いが消える。


 来歴を一つ視るたびに、頭の奥が重くなった。三つ目の香木を視終えたときには、こめかみが鈍く痛んでいた。これ以上は、今日はもう視られない。だから残りは目で絞り、印だけをつけた。あとは徽章持ちが、証文と突き合わせればいい。


 その突き合わせを、セレネも手伝っていた。銀の徽章をかざし、品の今の状態を読み、俺のつけた印の隣に、書きつけを添えていく。来歴と徽章の見立てが、一つずつ重なっていった。


 俺が当たりをつけ鑑定士が証文を突き合わせる。すると、どの品の証文にも書き換えの跡があった。墨の濃さ。字の傾き。後から足した一画。徽章では産地は読めずとも、書き換えの跡は目を凝らせば見える。


 一つでは、隠せた嘘だった。


 だが、束ねれば隠せない。


 同じ「西の窯」の証文が十枚並ぶ。その墨が一枚だけ違う。同じ刻印の延べ銀が五本並ぶ。その銀の色が一本だけ違う。並べてしまえば、嘘は自分から浮かび上がってくる。


 ◇


 昼を過ぎるころには、広間の空気が、変わっていた。


 鑑定士たちはもう、俺を値踏みしていなかった。俺が脇へ寄せた品を、競うように検め、証文と突き合わせ、書き換えの跡を見つけていった。


 脇に寄せられた品の山が、少しずつ高くなっていく。


 その一つ一つが、商会の嘘だった。誰かが、産地を信じて買った品。誇りにしていた品。その中身が安い偽物だ。


 端にいた痩せた鑑定士が、いつのまにか俺の隣に立っていた。


 男は脇に寄せられた壺を見下ろしていた。それからぽつりと言った。


「……私は、長年、徽章で等級と状態を読んできた。それが、鑑定のすべてだと思っていた」


 男は俺を見た。


「だが、産地は読めなかった。読めぬものを、読めぬまま、見過ごしてきた。──その隙を、商会に、何十年も突かれていたのだな」


 俺は首を横に振った。


「あなたの目は、確かです。等級も、状態も、俺には読めません。ただ、見るところが、違っただけです」


 男はしばらく俺を見ていた。


 それから深く頭を下げた。


「……朝の非礼を、詫びる」


 俺は何も言えなかった。ただ、頭を下げ返した。


 その日の検めで、産地を偽った品が、二十を超えて見つかった。それでも、机の上の品はまだ半分も検め終えていなかった。


 理事が品の山を見渡して、低く言った。


「これだけの嘘を、商会は、何十年も積み上げてきた。──召し出しの時が、近い」


 窓の外に、メルダートの街が広がっていた。


 そのどこかの館で、会頭が検めの報せを待っている。


 逃げ道はもう、ほとんど塞がっていた。

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