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第66話 総検めの報せ

 ドルガの剣の証しが、組合本部に届いて十日。


 メルダートから、二通目の文が来た。セレネが封を切り、読み進めるうちにその手が震えた。


「父が……動いた。組合が、正式に動く」


 俺は顔を上げた。


「バルロ商会の産地の偽りについて、組合が連合じゅうの総検めを始める。商会が何を、どこから仕入れ、どう産地を偽って売ったか。そのすべてを調べ直す」


 セレネの声が上ずっていた。


「これは、ただの査察じゃない。連合の信用そのものを立て直す検めよ」


 文には、組合の段取りが記されていた。


 まず連合じゅうの取引先から、商会の保証つきで買った品を集める。次に徽章持ちの鑑定士が、その品と証文を検める。墨の書き換え。銘の彫り足し。安い産地の作り。一つずつ確かめていく。


 そして商会を組合本部へ召し出し、答えさせる。


 徽章では産地は読めない。それは商会も知っていた。だから長年そこを突いて偽ってきた。読めない者しか検めに来ないと高をくくっていた。


 だが品を一か所に集めれば、話は変わる。同じ産地のはずの品を並べて見れば、作りの違いが浮かび上がる。北鉱の青玉なら、奥に銀の筋が走る。その筋のない石が混じれば、誰の目にも分かる。一つでは隠せた嘘も、束ねれば隠せない。


「すごい段取りですね」


 俺が言うと、セレネはうなずいた。


「父が本気になった証よ。徽章持ちでも産地は見抜けない。だからこそ商会は長年、ばれずに偽れた。でも品を一か所に集めて証文と突き合わせれば、書き換えの跡は隠せない」


 セレネは俺を見た。


「父は、こうも書いている。『グラナの目利きの目は、組合の証しにはならぬ。だが、どこを検めるべきかを、いちばんよく知っている。検めの場に来てもらえぬか』と」


 俺は少し驚いた。


 組合が、無資格の俺を呼ぶ。徽章のない田舎の検品係を。


「行きます」


 俺は迷わず答えた。


「俺の目は、証しにはならない。でも、どこを見ればいいかは教えられます。あとは徽章を持つ人たちが、確かめてくれればいい」


 俺の目は、入り口だ。扉を開けたら、あとは品と証文が自分で語る。それでいい。


 話を聞いていたフィオナが、勢いよく立ち上がった。


「メルダートに行くなら、あたしも行く。あんた一人を、追い出した街にやれるもんですか。何かあったら、あたしが守る」


 赤毛を揺らして、フィオナは胸を張った。


 セレネが横から冷たく言った。


「護衛なら、私もいるけれど。徽章持ちの私のほうが、検めの場では役に立つわ」


「な──あんたこそ、戦えないでしょ」


 二人がにらみ合う。俺は、いつものことだと思って口を挟まなかった。


 追い出された街へ、一人で行くつもりだった。だがどうやら、そうはならないらしい。


 ◇


 メルダート。バルロ商会の館。


 会頭のもとへ、組合の総検めの報せが届いた。


 会頭は長いあいだ、その文を見下ろしていた。


 連合じゅうの品を集めて検める。証文と突き合わせる。それをされれば、何十年分の嘘が根こそぎ掘り起こされる。帳面を焼いても無駄だった。品が、証文が、嘘を語ってしまう。


 逃げ道は、もう、ほとんど残っていなかった。


 だが会頭は、まだ諦めなかった。


 ◇


 会頭はある手を打った。


 連合じゅうへ、こんな噂を流させたのだ。


「グラナの目利きは、まやかしだ。品の来た道が視えるなど、ありえない。あれは人の不安につけ込む占い師だ。商会を陥れるために、ありもしない偽りをでっち上げている」


 かつてヴァローという鑑定士が使った手と同じだった。実力で勝てぬなら、相手を「いかさま」と呼ぶ。


 会頭はそれに賭けた。


 組合が動く前に、グラナの目利きの信用を地に落とす。来歴の目など、はったりだと。


 だが、その噂は広がらなかった。


 グラナの目利きをまやかしと笑う者は、もういなかった。


 北の宝玉。北の名匠の燭台。ドルガの剣。──あまりにも多くの者が、自分の手元の品でそれを確かめてしまっていた。本物は本物と言われ、偽物は偽物と暴かれた。一度でもそれを見た者は、まやかしだとは思わなかった。


 逆に、噂はこう跳ね返った。


「まやかしと言うなら、商会は自分の品を組合の前で検めさせればいい。やましくなければ、堂々と」


 会頭の打った手は、また裏目に出た。


 ◇


 商会の検め蔵。


 主任が白髪まじりの頭で、戻ってきた荷の山を見ていた。


 毎朝、グラナから荷が戻る。偽の印の品。書き換えられた証文。産地を偽られた宝飾。返された荷の数だけ商会は銭を返し、信用を失っていく。


 主任は長いあいだ、商会に仕えてきた。会頭が傾いていくのを、ずっと間近で見てきた。


 もう、長くはない。主任には、それが分かっていた。


 組合の総検めが始まれば、いずれ商会の蔵も、検められる。


 主任は、そのときのことを考え始めていた。


 蔵には、産地を偽った品の控えがある。書き換えの元になった古い証文の写しもある。検めの場で問われれば、主任はそれを差し出すつもりだった。


 会頭を裏切るのではない。


 ただ、嘘を嘘のままにはできない。それだけだった。


 主任は懐に手を当てた。なまくら石の一片は、もう、ここにはない。グラナのあの男に託したからだ。次に託すのは、この蔵の真実だ。


 その時が、近づいていた。


 ◇


 グラナ。


 その夜。ミレイユと、セレネと、元商会のあの青年が机を囲んでいた。


 組合の総検め。商会の召し出し。連合じゅうの信用の立て直し。


 話は、もう、グラナ一つの手を、はるかに超えていた。


「大きな話になったわね」


 ミレイユが静かに言った。


「あなたが追い出されてきたとき、誰が思った? 一人の検品係が、連合じゅうの商いの嘘を暴くなんて」


 俺は苦笑した。


「俺は、何もしてません。ただ視えたものを言っただけです」


「それが、いちばん難しいのよ」


 セレネが笑った。


 俺は窓の外を見た。


 遠く、メルダートの方角。俺を追い出した街。そこで組合が動き出している。長年の嘘が掘り起こされようとしている。


 俺は別に、商会を恨んではいない。追い出されたから、ここへ来られた。みんなに会えた。むしろ礼を言いたいくらいだ。


 ただ、嘘を本物だと信じて銭を払った人たちがいる。誇りにしていた人たちがいる。その人たちのために、嘘は嘘だと言わねばならない。


 それが、視える者の務めだと思った。


 近いうちに、俺はメルダートへ行く。追い出された街へ、もう一度。


 今度は、検品係としてではなく。


 嘘を暴く、目利きとして。

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