第61話 偽りの産地
戻ってきた偽印の荷の中に、一つ、古いものが紛れていた。
ほかの荷より、ずっと前のものだった。布の包みは黄ばみ、紐は色を失っていた。
包みをほどくと、中から小さな箱が出てきた。箱の中には、青い宝玉が一つ。それと、古い証文が一枚、添えてあった。
持ち込んだのは、よその街の年老いた商人だった。
「これはな、ずっと昔バルロ商会から買ったものだ。北の銀鉱の宝玉。連合じゅうで名の通った上物の産地だと。──だが近ごろ、偽印の話を聞き、急に不安になってな」
商人は証文を机に広げた。
「ここに書いてある。『北鉱の青玉、一級』と。商会の保証つきだ。だからこそ高い銭を出した。──だが本当に北鉱のものなのか。それを確かめたい」
俺は宝玉を手に取った。
澄んだ青。傷もない。罅もない。ただの宝玉として見れば、たしかに良い品だ。
俺は六年、商会の検品場にいた。北鉱の青玉も何度か手にした覚えがある。北の銀鉱で採れる青玉は、奥に細かな銀の筋が走る。光にかざすとその筋がきらりと動く。それが北鉱の証しだ。
だが、この石にはその銀の筋がなかった。澄んではいる。だが北の証しは、どこにもなかった。
だが商人の言うことは罅や腐りの話ではなかった。これが本当にその産地の品かどうか。──来歴の話だった。
俺は息を整えた。
来歴を視るのは、疲れる。だがこれは視るべきだと思った。
知りたい。この宝玉が本当は、どこから来たのかを。
強く、念じた。
頭の奥が、じんと重くなった。それでも視えてきた。
遠い南の乾いた土地。粗末な掘り場。北の銀鉱の澄んだ岩肌ではない。日に焼けた赤茶けた坑道だ。そこでこの青玉は掘り出された。
安く買い叩かれ、荷に積まれ長い道を運ばれる。やがて商会の蔵に着く。
蔵で証文が書かれる。筆が走る。「南鉱の青玉」と。
だがそこで、筆が止まる。
別の手が墨を足す。「南」の字を塗りつぶす。その上に新しく書く。「北」と。
南鉱の青玉が、北鉱の青玉に書き換えられた。
俺は目を開いた。
頭の奥が、鈍く鳴っていた。それでも視たものははっきりしていた。
「……この宝玉は、北鉱のものじゃありません」
俺は静かに言った。
「南の安い掘り場のものです。掘り出され、商会の蔵に運ばれ、そこで証文が書かれました。最初は『南鉱』と。──でもあとから、別の手が『南』を『北』に書き換えてます」
商人の顔がこわばった。
「書き、換えた……?」
「はい。証文の産地のところだけ。墨の色がわずかに違います」
俺は証文のその一点を指した。
言われてみれば、たしかに。「北」の字だけ、墨が新しくわずかに浮いていた。
老いた商人は長いあいだ、その石を見ていた。それからぽつりと言った。
「わしは四十年、この石を家の宝にしてきた。子にも孫にも、北鉱の宝玉だと自慢してきた。……それが、嘘だったとはな」
その声に、怒りはなかった。ただ深い疲れだけがあった。
セレネが横から証文をのぞき込んだ。
それから自分の銀の徽章を宝玉にかざした。
しばらくして、セレネの顔が青ざめた。
「……等級は一級。それは確か。でも組合の徽章では産地までは読めない。北か南か。それは徽章には視えないの」
セレネは俺を見た。
「だから商会は、ここを突いた。徽章持ちでも産地までは見抜けない。だったら、安い産地の品に、高い産地の名を貼ればいい。──書き換えても誰にもばれない」
セレネの声が、震えた。
「産地を偽る。それは、ただの粗悪品より、ずっと重い罪よ。組合でもいちばん、許されない」
元商会の鑑定士──いまはグラナの机に座る、あの青年がゆっくりと口を開いた。
「……心当たり、あります」
青年の顔は苦かった。
「商会の蔵には、産地ごとに分けた棚がありました。でもときどき、安い棚の品がいつのまにか、高い棚に移っていた。証文の束も、書き直された頁があった。──わたしは、見て見ぬふりをしていました。徽章では、産地まで読めないから確かめようがない、と」
青年はこぶしを握った。
「でもいまなら、分かります。あれは産地の書き換えだったんだ」
俺は戻ってきた荷の山を見渡した。
偽印の品。古い証文。書き換えられた産地。
偽の印は、つい最近の話だった。会頭が苦し紛れに打った手だ。
だが産地の書き換えは、違った。
これは、ずっと昔から、商会がやってきたことだ。安い品に、高い産地の名を貼って、高く売る。それで信用を保ち、商会は大きくなった。
北の宝玉だと信じ、何十年も人は高い銭を払ってきた。職人も、商人も、街の者も。みな商会の保証を信じていた。その信用の土台が、安い品に貼られた嘘の産地の名で、できていた。
偽の印は、その、ほんの一部にすぎなかった。
商会の信用の根っこのところに、長年の嘘が埋まっていた。
その嘘を、いま俺の目が掘り起こし始めていた。
ミレイユが長いあいだ、黙っていた。
それから低い声で言った。
「……これは、もう偽印だけの話じゃない」
ミレイユの目は、戻ってきた荷の山の、ずっと向こうを見ていた。
「商会が何年も、何十年も、産地を偽り、連合じゅうに品を売ってきた。──もしそうなら、これは商会一つの問題じゃ、すまない。連合じゅうの信用の話になる」
ミレイユは俺を見た。
「レイ。あなたの目はたぶん、その全部を暴ける。商会がどの品を、どこから仕入れ、どう偽って売ったか。──来歴を辿れば」
「……はい。たぶん」
俺はうなずいた。
ただ付け加えた。
「でも一日にいくつもは視られません。一つ視るだけでこんなに疲れます。──だからここぞというときにだけ」
「分かってる」
ミレイユは静かに笑った。
「その目は、切り札よ。乱発するものじゃない。──でもその切り札が、これから商会の根っこを、一つずつ掘り起こす」
◇
その夜。俺は机に置かれた青い宝玉を、もう一度見た。
ただの美しい石だ。罅もない。傷もない。だがその石は、嘘の産地を背負っていた。
商会はこうやって、たくさんの嘘を品にまとわせ、売ってきたのだ。
誰にも見抜けないと踏んで。
でもいまは、違う。
品の来た道を辿れる目が、ここにある。
商会が長い年月をかけて、土の下に埋めてきた嘘が、一つずつ掘り返される番だった。
俺はまだ、知らなかった。
この一つの宝玉が商会の闇の、ほんの入り口にすぎないことを。
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