第6話 その盾、割れます
翌朝、ギルドの扉が勢いよく開いた。
「ただいまー!」
朝の広間に、よく通る声が響いた。
赤毛を高く結った若い女剣士だった。日に焼けた顔に、大きな笑顔。背には剣、腕には真新しい円盾。
「聞いてよミレイユ! 護衛依頼、ばっちり! 魔物一匹も出なかった!」
「おかえりフィオナ。それ護衛の手柄じゃなくない?」
「無事が一番なの! ──って、誰? その人」
フィオナと呼ばれた彼女は、受付台を拭いていた俺をじろじろと見た。
「新入りのレイ。倉庫番で、目利きで……まあ、いろいろすごいのよ」
「ふうん?」
横からドニが身を乗り出した。
「聞いて驚けフィオナ。昨日の買い取り、いつもの四倍だぞ。こいつがゲルツの言い値をひっくり返した」
「四倍!?」
「薬草が等級Bだったんだ。ずっとDで買い叩かれてたのによ」
「ええー……何それ。あたしの先月の薬草も?」
「たぶんな」
フィオナはわなわなと震え、それから気を取り直したように胸を張った。
「ま、まあ? 過ぎたことはいいわ。あたしは前向きなの。それより、ほら! 見て!」
彼女は腕の円盾を掲げてみせた。
鉄板張りの表に、縁には飾り鋲。朝の光を受けて、ぴかぴかと光っている。
「新しい盾! 商会の出店で買ったの! 銀貨十五枚!」
「給金何ヶ月分だよ」
「三ヶ月分! でもいいの。今度の依頼は岩裂き亀の討伐だから。あいつの突進を受けるには、盾がいいやつじゃないと」
岩裂き亀。
名前からして、嫌な感じの魔物だ。
フィオナは盾を構えてみせた。様になっている。たぶん本当に、腕は立つのだろう。
ただ。
俺の目は、盾の縁に吸い寄せられていた。
表の鉄板はいい。厚みも張りも悪くない。
問題は、中だ。
鉄板の下の芯材。木が、湿気ている。
接ぎ目の膠が浮いて、縁の塗りの下に、髪の毛ほどの浮きが見える。
外からは、ほとんど分からない。けれど、ダメなものはダメだ。
「……その盾、割れます」
広間が、静まり返った。
「……は?」
フィオナの笑顔が、ゆっくりと消えた。
「今、何て言った?」
「強い一撃を三度受けたら、接ぎ目から割れます。表の鉄板はいいものですが、中の芯材が湿気ています。膠も浮いています」
「か、買ったばっかりなんですけど!? 銀貨十五枚なんですけど!?」
「値段と中身は、別ですから」
「あんた昨日今日来た倉庫番でしょ!? あたしの盾の何が分かるのよ!」
「フィオナ」
ミレイユが受付から出てきた。
「レイの目は当たるわ。昨日のもそうだし、倉庫の返品の山もそう。悪いこと言わないから──」
「ミレイユまで!?」
フィオナは盾を抱え込んだ。
「素材と装備は別! あたしは自分の装備は自分で選ぶの! 大体ね、見ただけで中の木が湿気てるとか、分かるわけないでしょ!」
「分かるんですよ、それが」
「ドニは黙ってて!」
◇
俺は倉庫へ行き、一枚の盾を持って戻った。
『上物』の棚に分けておいた、古い木の盾だ。
塗りは剥げ、縁には傷。誰かが置いていったまま、何年も忘れられていた品らしい。
「これを持っていってください。樫の一枚板で、芯が詰まっています。今ある盾の中では、これが一番頑丈です」
「……は?」
フィオナは盾を見て、俺を見て、また盾を見た。
「ボッロボロじゃない!」
「見た目は、そうですね」
「あたしに、この、骨董品を持って依頼に行けって言うの!? 新品の盾があるのに!?」
「はい」
「即答!?」
フィオナは地団駄を踏んだ。
「やだ! 絶対やだ! あんたあたしに恥かかせる気!? 仲間に何て言われるか──」
「割れた盾と、割れない盾なら」
俺は古い盾の縁を撫でた。詰まった芯の、硬い手応えがある。
「割れない方が、いい盾です。見た目は、命を守ってくれませんから」
「うぐ……」
フィオナは言葉に詰まり、助けを求めるように広間を見回した。
誰も、目を合わせなかった。
「はい、決まりね」
ミレイユが手を叩いた。
「フィオナ。両方持っていきなさい。荷馬車に積めば邪魔にならないでしょ。それなら文句ないわね?」
「~~~っ、分かったわよ!」
フィオナは古い盾をひったくった。
「持ってくだけ! 持ってくだけだからね! 使うのは新しい方! いい? あたしの盾が割れなかったら、あんた土下座だから!」
「割れなければ、それが一番です」
「~~っ、調子狂う!」
フィオナは肩を怒らせて出ていった。
扉が、ばたんと閉まる。
少しして、もう一度開いた。
「……べ、別に、心配してくれたことには、感謝してるし」
それだけ言って、また閉まった。
「悪い子じゃないのよ」
ミレイユが苦笑した。
「知ってます。いい盾を選びたかったのは、本当のようですから」
「あんた、たまに妙に大人よね」
◇
昼を過ぎても、俺はどうにも落ち着かなかった。
倉庫の整理をしていても、手が止まる。
岩裂き亀。突進を盾で受ける戦い方。
強い一撃を、三度。
依頼は日帰りだと聞いた。森までは馬車で半日。戦って、戻ってくる。
「心配?」
様子を見に来たミレイユが言った。
「岩裂き亀くらい、フィオナなら平気よ。ああ見えてグラナで五本の指に入る前衛だから」
「だと、いいんですが」
「古い盾も持たせたしね。……ま、あの子が素直に持ち替えるかは、別だけど」
それが、一番の問題だ。
◇
午後、俺は手を動かすことにした。
じっとしていても、落ち着かないからだ。
倉庫の『要返品』の棚から、例の盾を一枚下ろす。
フィオナの新しい盾と同じ店の、同じ作りの円盾だ。
縁の塗りを少し剥がしてみると、思った通りだった。
芯材の接ぎ目に、黒ずんだ染み。膠が湿気を吸って浮いている。
指で押すと、わずかにたわんだ。
これが強い一撃を受ければ、どうなるか。
検品場にいたころなら、こんな盾は出荷の列に並ばなかった。
誰が通したんだろう。
いや──誰も、見ていないのか。
考えるほど、胸の奥がざわざわした。
大丈夫だ。古い盾は持たせた。
あとは、あの人が素直になってくれるかどうか。
◇
夕方。
西の空が赤くなり始めたころ。
門の方角が、にわかに騒がしくなった。
馬の蹄の音。誰かの呼ばわる声。
俺は手にしていた帳面を置いた。
ミレイユが受付から腰を浮かせる。
嫌な予感ほど、よく当たる。
ギルドの扉が、乱暴に開いた。
転がり込んできたのは、フィオナの仲間だという若い弓使いだった。
肩で息をして、顔は真っ青だった。
「ミレイユさん! フィオナが──フィオナの盾が!」
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