第5話 言い値の終わり
買い取りの日は、朝から騒がしかった。
広間の床に素材が並べられていく。
薬草の束。
毛皮の山。
鉱石の籠。
倉庫から運び出すのは俺の仕事だ。木札の順に、種類ごとに、見やすく並べる。
冒険者たちが物珍しそうに眺めていた。
「おい、倉庫の中身ってこんなに上等だったか?」
「並べ方ひとつでこうも変わるかね」
斧を背負った大男が、俺の肩を叩いた。ドニというらしい。
「あんたが噂の新入りか。ミレイユがめずらしく機嫌いいぞ」
「それはよかったです」
「いや、ありゃ機嫌がいいんじゃねえな。戦の前の顔だ」
受付の奥で、ミレイユは帳簿を三冊重ねて待ち構えていた。
確かに、戦の前の顔だった。
俺は最後の籠を運び終え、受付の横に立った。
「打ち合わせ通りで、いいんですね」
「ええ。まずあたしが、いつも通りに受ける。向こうが値段を言ったら、あんたの出番」
「分かりました」
「言っとくけど、喧嘩はしないでよ? うちはまだ、商会と縁を切れる身分じゃないんだから。あくまでお行儀よく、正しい値段にしてもらうだけ」
「お行儀よく。はい」
「……その返事が一番不安なのよね」
◇
昼前に、買い取り隊が来た。
恰幅のいい男がひとり。護衛がふたり。それと、銀の徽章をつけた若い鑑定士がひとり。
恰幅のいい男は、挨拶もそこそこに帳面を開いた。
「バルロ商会、買い取り担当のゲルツだ。じゃ、いつも通り始めるよ。時間がないんでね」
ゲルツは床の薬草をちらりと見た。
手には取らなかった。
「薬草、等級D相当。ひと束銅貨五枚。全部でいくつだい」
いつも通りなら、ここでミレイユが数を答え、銀貨が数えられ、買い取りは終わる。
ミレイユが、俺を見た。
俺は一歩前に出た。
「等級D、ですか」
「ああ? なんだい、あんた」
「この束は高地ものです。茎の産毛が残っています。乾燥の手際もよく、薬効がほとんど抜けていません」
俺はひと束取り、ゲルツに差し出した。
「王都の薬師なら、等級Bの上をつけます。ひと束銀貨二枚。それが相場です」
広間が、しんとなった。
ゲルツは差し出された束を受け取らなかった。代わりに、鼻で笑った。
「素人が等級を語るんじゃないよ。うちは連合中で商売してるんだ。相場はうちが一番よく知ってる」
「では」
俺はゲルツの後ろに目を向けた。
「そちらの鑑定士の方に、視ていただけますか」
ゲルツの笑いが、止まった。
「正規の鑑定なら、等級が数字で出ます。等級Dなら、私の見間違いです。お詫びします」
「い、いや、鑑定など、いちいち」
「おかしいわね」
ミレイユが帳簿を抱えたまま、にっこり笑った。
「鑑定士を連れてきてるのに、どうして鑑定しないのかしら。ねえゲルツさん。視てもらいましょうよ。タダでしょ?」
冒険者たちの視線が、若い鑑定士に集まった。
鑑定士は救いを求めるようにゲルツを見た。ゲルツは目をそらした。
観念したのか、鑑定士は徽章を薬草にかざした。
淡い光が浮かび、数字が形を結ぶ。
「……薬草。高地種。品質、上。等級──B」
広間が、どっと沸いた。
「Bだってよ! おい、Dはどこいった!」
「四十倍じゃねえか! 俺の先月の薬草も返せ!」
ゲルツの顔が、赤くなったり白くなったりした。
「け、鑑定にも誤差がある!」
「正規の鑑定より、ゲルツさんの帳面のほうが正しいと?」
ミレイユの声は穏やかだった。
「それ、鑑定士組合に聞かせてもいい話かしら。正規鑑定の等級を帳面で書き換えて買い取ってますって」
「~~~っ」
ゲルツは唸り、帳面を握りつぶすように閉じた。
「……等級Bで、買い取ろう」
◇
それからは、早かった。
鉱石の籠から、俺が選り分けた上物が次々と検められた。
「鉄鉱石。粘り、上。等級B」
「毛皮、灰栗鼠。等級C上」
途中からは、冒険者たちが自分の持ち込んだ品を抱えて、列を作り始めた。
「おい、ついでに俺の牙も視てくれ!」
「あたしの薬草も!」
「順番! 順番よ!」
若い鑑定士は汗だくになりながら、ひとつずつ数字を読み上げていった。
気の毒だが、彼の鑑定は正確だった。腕は確かなのだろう。
ただ、その正確な数字を帳面に書かせてもらえるかどうかは、また別の話らしかった。
鑑定士が数字を読み上げるたび、冒険者たちが沸き、ゲルツの肩が下がっていく。
最後にミレイユが算盤を弾いた。
「しめて、銀貨四十七枚ね」
いつもの月の、四倍だという。
ゲルツは銀貨を数える手を何度も止め、何度もため息をつき、最後に俺を睨んだ。
「……あんた、名前は」
「レイです」
「レイ。覚えたからな。本部に報告させてもらうよ。ギルドが妙な目利きを雇って、商売のやり方を変えてきたとね」
「事実だから構わないわよ」
ミレイユが笑顔で割って入った。
「お帰りはあちら。次の月もよろしくね」
◇
その夜、広間はちょっとした宴になった。
いつもより多い取り分に、冒険者たちの財布も気前もゆるんでいた。
「レイ! 飲んでるか!」
ドニが大ジョッキを片手にやってきた。
「あんたのおかげで武具の買い替えができる。礼を言うぜ」
「買い替えるなら、買う前に見せてください。掴まされると困るので」
「はは! 頼もしいねえ!」
ドニは笑い、それからふと真顔になった。
「そういや、フィオナのやつが聞いたら悔しがるな」
「フィオナ?」
「うちの看板娘よ。腕は立つんだが、装備運がとことんなくてな。買う剣買う剣、半年で折れる。今は隣街までの護衛依頼だ。明日には帰る」
「装備運……」
たぶんそれは、運ではない。
悪いものを売る誰かが、いるだけだ。
「会ったら驚くぞ。声がでかいから」
このギルドは、声の大きい人が多いらしい。
◇
その頃。
メルダートの、バルロ商会では。
北の取引先から、早馬が着いていた。
届いた書状を、若い担当が読み上げる。
「先日納品の干し肉、樽の底の数枚に傷みあり。取引先は説明を求めている──とのことです」
「ありえんね」
応じたのは、検品主任の机に座る、銀の徽章の男だった。
「あの荷は私が鑑定した。干し肉、上物、等級B。数字に出ている。輸送が悪いか、向こうの保管が悪いかだ」
「では、そのように返答を」
「そうしてくれ。うちの検品は正規の鑑定士がやっている。昔とは違うんだ」
書状は、そのように処理された。
誰も、気にしなかった。
ただ、倉庫の隅。
返ってきた樽がひとつ、置き場のないまま、夕闇に沈んでいた。
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