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第4話 倉庫の宝

 日が落ちて、広間にランプが灯った。


 冒険者たちの姿はもうない。ミレイユは受付の奥から椅子を引きずってきて、俺の向かいに座った。


「詳しく聞かせて」


 目が据わっていた。


 俺は倉庫から持ってきた薬草の束を、机に置いた。


「この薬草は高地ものです。茎に産毛が残っているのが証で、平地のものより薬効が強い。乾燥の手際もいい。採った人は、いい腕をしています」


「ふんふん」


「王都の等級でいえば、Bの上。薬師に直接売れば、ひと束銀貨二枚はつきます」


「に──」


 ミレイユの声が裏返った。


「銀貨二枚!? うちは銅貨五枚で卸してるのよ!?」


「四十倍ですね」


「計算しなくていいから!」


 彼女は頭を抱えた。


「いや、でも、等級なんてどうやって……うちには鑑定士を雇う余裕なんてないし、商会の買い取り人が等級Dだって言うから、ずっとそういうものだと」


「等級Dは、ないと思います」


 俺は束をほどき、一本抜いて差し出した。


「香りを嗅いでみてください。鼻の奥で少し痺れる感じがしたら、薬効が残っている証拠です」


 ミレイユは恐る恐る嗅いだ。


「……痺れる、かも」


「それが等級Dなら、王都の薬師は全員店を畳んでいます」


「あんた、たまに言い方に容赦がないわね」


 そうだろうか。


 ◇


「倉庫の品の、ざっと三割は値段がおかしいと思います」


 俺は木札の写しを机に並べた。


「薬草のほかに、あの鉄鉱石。粘りのある、いい石です。並物として銅貨で買われていますが、武具屋に見せれば銀貨の桁になります。毛皮も上物が並と同じ値で出ています」


「三割……」


「逆もあります」


「逆?」


「仕入れの方です。あの矢と盾。あれは値段の半分の価値もありません。高く掴まされています」


 ミレイユはしばらく黙っていた。


 ランプの火が、書類の山に揺れる影を作っていた。


「……ねえ。さっきから聞こうと思ってたんだけど」


「はい」


「なんで分かるの? それ」


 来た。


 この質問が、いちばん困る。


「なんというか、こう……いい感じと、ダメな感じが、あって」


「感じ」


「はい。感じです」


「説明になってないんだけど」


 ミレイユはじっとりとした目で俺を見た。


「あんた、鑑定スキル持ち?」


「いえ。正規の鑑定はできません。名前も等級も、数字では出せません」


「じゃあ勘?」


「……勘、なんでしょうか」


 自分でも、よく分からない。


 品物を見れば、分かる。手に取ればもっと分かる。傷んでいるものは傷んで見えるし、いいものはいいと分かる。


 それだけのことだ。


「逆に、伺いますが」


「何よ」


「皆さんは、なぜ気にならないんですか。持てば分かりませんか。重さとか、匂いとか、その、佇まいとか」


「佇まいって何!? 薬草の佇まいって何!?」


 ミレイユは机を叩いた。


「分からないわよ! 普通は分からないの! だから世の中に鑑定士って商売があるんでしょうが!」


「はあ」


「はあ、じゃない!」


 怒られてしまった。


 ◇


 ひとしきり叫んだあと、ミレイユは急に静かになった。


「……でも、そうか。そういうこと、か」


 彼女は帳簿を引き寄せ、ぱらぱらとめくった。


「うちのギルドはね。仕入れも買い取りも、ぜんぶバルロ商会を通してるの」


 バルロ商会。


 やっぱり、そうか。


 俺が六年いた、あの商会だ。グラナの素材はあの検品場を通って、連合中に売られていく。


「装備も薬も商会から買う。素材は商会に売る。値段はぜんぶ向こうの言い値。おまけに改装のときの借金もある。逆らえる相手じゃないのよ」


「言い値、ですか」


「文句を言ったことはあるわよ。そしたら『では今後の買い取りを見直しましょうか』って笑顔で言われたわ。買い取りを止められたら、うちの冒険者は干上がる。それで終わり」


 ミレイユは指を折りながら続けた。


「装備が高いから、冒険者の稼ぎが残らない。素材が安いから、ギルドの取り分も残らない。だから人を増やせない。人がいないから依頼がさばけない。依頼がさばけないから、薬屋のおじさんに毎日怒鳴られる」


「最後のは少し違う気もしますが」


「違わないわよ。ぜんぶ繋がってるの」


 彼女は帳簿の表紙を、ぱたんと叩いた。


「要するにうちは、ずっと商会の手のひらの上ってわけ」


 ミレイユは帳簿を閉じた。


「正直、あんたの話が全部本当かどうか、あたしには確かめようがない。でも」


 彼女は『要返品』の木札の写しを手に取った。


「明後日、商会の買い取り隊が来る。月に一度の買い取りの日。冒険者たちがひと月かけて集めた素材を、まとめて売る日よ」


「はい」


「あんたの目、その日まで借りるわ。倉庫の品に、ぜんぶ値段の見当をつけて。あたしの帳簿と突き合わせる」


「分かりました」


 即答すると、ミレイユは少し笑った。


「いい返事ね。バッソみたいなこと言うけど」


「バッソさんを知ってるんですか」


「塩の納品でしょっちゅう来るもの。……ああ、それで」


 彼女は思い出したように付け加えた。


「あんたのこと、夕方バッソが教えてくれたのよ。『おもしれえ目利きを拾った。ギルドに行ったはずだ』って。だから雇ったの。半分はね」


「半分、ですか」


「もう半分は、張り紙を三ヶ月誰も見なかったから」


 それは、切実だ。


 ◇


 その夜、俺は倉庫の二階の物置を借りて寝床にした。


 毛布にくるまって、天井の梁を眺める。


 六年いた商会を出て、五日目。


 知らない街の、知らない天井。それなのに、不思議と落ち着いていた。


 壁の向こうで、夜風がギルドの看板を軽く鳴らしている。


 たぶん、倉庫の匂いのせいだ。


 薬草と、毛皮と、鉱石の匂い。検品場と同じ匂いだ。


 目を閉じると、今日見た品物が次々と浮かんだ。


 産毛の残った薬草。

 粘りのある鉄鉱石。

 脂の乗った魔物の牙。


 いい品ばかりだ。明後日はあれを、正しい値段の側へ運んでやればいい。


 仕事の段取りを考えるのは、嫌いじゃない。むしろ、わくわくする方だ。


 六年間、俺はずっと、悪いものを弾く仕事をしてきた。


 明後日のは、逆だ。


 いいものを、いいと言う仕事。


 考えてみれば、初めてかもしれない。


 階下の広間からは、まだランプの明かりが漏れていた。


 帳簿をめくる音が、かすかに聞こえる。


 そして、独り言も。


「……もしあの子の言うことが本当なら」


 めくる音が、止まった。


「うちは今まで、いくら損してきたの」


 俺は静かに目を閉じた。


 明後日の買い取りまでに、やることがたくさんある。

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