第3話 人手不足
扉を開けると、紙の匂いがした。
酒場を兼ねた広間。昼間のせいか、冒険者の姿はまばらだ。
奥に受付台があり、その上に書類の山が三つ。
山の向こうで、亜麻色の髪の女の人が、恰幅のいい男と向き合っていた。
「いいから早く薬草を納めとくれ! 店の棚が空なんだ!」
「だから言ってるでしょう。採りに行く人手が足りないの! 依頼は受けてる。順番待ちなの!」
「先月もそう言った!」
「先月も人手不足だったのよ!」
男は床を踏み鳴らし、捨て台詞を残して出ていった。薬屋の主人らしい。
女の人は書類の山に突っ伏した。
歳は俺より少し上だろうか。髪を後ろでひとつにまとめ、目の下にうっすら隈がある。
俺は受付台に近づいた。
彼女は顔を上げ、俺の布袋を一瞥した。
「いらっしゃい。依頼? 買い取り? ……宿屋なら隣よ」
「仕事を探しています」
沈黙。
彼女の目が、見る間に輝いた。
「冒険者?」
「登録だけは」
俺は木の認識札を差し出した。
彼女は札を検め、台帳をめくり、それから少しだけ表情を曇らせた。
「等級G。討伐実績、なし。……戦えるの?」
「いいえ」
「魔法は?」
「使えません」
「弓とか、罠とか」
「触ったこともありません」
彼女の眉間に、皺が寄っていく。
「……じゃあ、何ができるの」
「品物の良し悪しが分かります」
長い沈黙だった。
外の槌の音が、やけに大きく聞こえた。
「……それだけ?」
「あとは荷運びと、倉庫整理を少々」
彼女はもう一度俺を眺め、それから扉の横の張り紙を見た。
『荷運び・倉庫整理できる方、急ぎ求む』
自分で書いた字を、しばらく睨んでいた。
「日当、銅貨二十枚。安いわよ」
「構いません」
「倉庫の整理、今日からできる?」
「できます」
「……決まりね」
彼女は立ち上がり、手を差し出した。
「あたしはミレイユ。このギルドの受付で、会計で、依頼係で──まあ、いろいろ全部やってる者よ」
「レイです。よろしくお願いします」
握った手は、書類仕事の人にしては硬かった。
◇
倉庫は、ひどい有様だった。
裏手の石造りの建物。扉を開けた瞬間、湿気と土と毛皮の匂いが押し寄せてくる。
薬草の束が麻袋に押し込まれ、床に積んである。
毛皮と鉱石が同じ棚に重ねてある。
矢の束が樽に突っ込まれ、誰かの折れた剣がその横に転がっている。
奥の棚には魔物の牙や角が籠ごと積まれ、その上に蜘蛛の巣が張っていた。
窓は閉めきられ、風の通り道がない。せっかくの品が、まとめて湿気を吸っている。
検品場なら、まず叱られる置き方だ。
「冒険者が持ち込んだ素材を、買い取りの日までここに置くんだけど」
ミレイユは入り口で腕を組んだ。
「ご覧の通り、置き場所も人手もなくて。どこに何があるか、もうあたしにも分からない」
「分かりました」
「何がどこにあるか分かるようにしてくれれば、それでいいから。じゃ、よろしく」
彼女は受付に戻っていった。
俺は上着を脱ぎ、袖をまくった。
さて。
◇
まず、全部出す。
麻袋を開け、束をほどき、棚を空にする。
それから、ひとつずつ見ていく。
薬草の束を手に取る。茎の色。乾き具合。匂い。
いいものだ。高地で採れた証の、細かい産毛が残っている。乾燥の手際も悪くない。
ただ、置き場所が最悪だった。湿った床の上で、下の束から薬効が抜け始めている。
これは風通しのいい上の棚へ。下の束は手前へ。早く売らないと、ただの草になる。
次は鉱石。
泥をぬぐうと、籠の三分の一ほどが、思いのほかいい光を返した。鉄にしては重く、粘りがありそうな石だ。武具にすれば、いい刃になる。
残りは並物。これは別の籠へ。
毛皮は一枚ずつ広げ、風を通して掛け直す。
蒸れて毛が抜け始めたものが二枚。これは早めに売るか、安くても手放した方がいい。
奥の籠の牙と角は、種類も大きさもばらばらだった。
磨くと脂の乗りがいいものが、いくつかある。武具の柄や飾りに使う上物だ。これは別の籠にして布を掛ける。
欠けたものや脂の抜けたものは、数で売る籠へ。
手を動かしていると、時間を忘れる。
検品場でも、そうだった。
品物は、嘘をつかない。良いものは良く、悪いものは悪い。それを分けて並べるだけで、世界が少しだけ整う。
それにしても、と手を動かしながら思う。
この街の素材は、本当に質がいい。
森が深く、山が近いからだろう。メルダートの検品場で見ていた荷より、明らかに上のものが交ざっている。
ただ、その値打ちを、誰も知らないように見える。
採った本人も。
ここで束ねた人も。
たぶん、買っていく側も。
いや──買っていく側は、どうだろう。
気づけば、窓の外が茜色になっていた。
◇
「ちょっと、進み具合はどう──」
扉のところで、ミレイユが固まった。
「……何これ」
「整理しました」
薬草は棚の上段に、種類ごとに掛けてある。
鉱石は三つの籠に分けた。
毛皮は壁際に掛け、矢は束ね直して立てた。
それぞれの棚には、ありあわせの木札を下げてある。
『至急売るべき品』
『上物』
『並』
『要返品』
「一日で? 嘘でしょ」
「並べ替えただけです」
ミレイユは棚の間を歩き回り、木札をひとつずつ確かめた。
そして『要返品』の札の前で止まった。
矢の束と、置きっぱなしだった盾が三枚、まとめてある。
「この『要返品』って、何?」
「先月仕入れたという矢です。矢じりの鋼が悪い。この湿気だと、ひと月で曲がります。盾は芯の木が湿気ています。強く受ければ割れます」
「は?」
「買ったお店に話せば、替えてもらえるんじゃないかと」
「いや、待って待って」
ミレイユはこめかみを押さえた。
「それ、商会から仕入れた品よ。ちゃんとした、正規の」
「そうなんですか」
それは少し、意外だった。
商会の名前で出す品なら、検品が通っているはずだ。少なくとも、俺がいた商会では、ああいう矢は出荷の列に並ばなかった。
いや。
俺がいた商会では、と言うべきか。
「……それと、すみません。ひとつ伺いたいのですが」
俺は薬草の棚から、ひと束取った。
高地ものの、いい束だ。
「この薬草、ひと束いくらで売っていますか」
「買い取りは商会がまとめてやるけど……ひと束、銅貨五枚よ」
「銅貨五枚」
俺は束を窓の明かりにかざした。
産毛の残った茎が、茜色に透けた。
「それは──買い叩かれてませんか」
ミレイユの顔から、表情が消えた。
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