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第57話 戻ってきた荷

 公の見分けから数日。グラナのギルドには、毎朝、荷が戻ってきた。


 偽の印を押された品だ。各地の市場で売られ、買った者の手で、また長い道を運ばれて戻ってくる。


 干し肉の樽。凹んだ兜。湿気た布の巻物。底の割れた壺。


 どれも目の形の印がついていた。瓜二つの、偽の印が。


 持ち込むのは、よその街の小商人や隊商の者たちだった。みな困った顔をしていた。腹を立てているというより途方に暮れていた。良い品だと信じて銭を払った。それが外れだった。誰のせいにしていいのかも分からない様子だった。


 俺は一人ずつ、その荷を机に広げてもらった。


 最初に来たのは、痩せた行商の男だった。


「これだ。メルダートの商会で、目利きの保証つきだと言われて仕入れた。回復薬だ」


 男は小瓶を並べた。澄んだ赤い液が、灯りを透かしていた。


「うちの村の若いのが、これを持って森に入った。怪我をして、これを飲んだ。──だが効かなかった。血が止まらなくて危ないところだった」


 男の手が震えていた。


 俺は小瓶を一つ手に取った。


 罅でも腐りでもない。中の薬そのものが力を失っていた。古い。作られてからずいぶん経っている。薬草の効き目がとうに抜けていた。


「……ダメですね、これ」


 俺は静かに言った。


「効きの強い薬じゃありません。古い薬草で煮て、長く蔵に置かれて力が抜けてます。傷を止める働きは、もうほとんど残っていない」


 男の顔が、くしゃりと歪んだ。


「やっぱり、そうか。保証つきだと言われたのに」


 俺はその小瓶をもう一度、強く視た。


 知りたい。この薬が、どこから来たのかを。


 頭の奥が、じんと重くなった。それでも視えた。


 遠い土地の薬師の棚。古びた瓶の列。そこから商会の蔵へ。蔵の隅で、また時を重ねる。そして火に焼けた鉄。目の形の印。


 グラナは、どこにもなかった。


「この薬は、商会の蔵を通ってます。グラナを通ってません。俺はこの薬を視ていません」


 俺は男に告げた。


「だからこれは、偽物です。グラナの目利きの印じゃない。商会が、印を真似て押したものです」


 頭の奥で、鈍い音が鳴った。来歴を視るのは、やはり疲れる。一日に何度もは、視られない。


 セレネが横から、自分の銀の徽章をかざした。


「等級は最上と出るわ。でも中身は、効き目がほとんど残っていない。──彼の見分けと、食い違っていない」


 男はしばらく黙っていた。


「……じゃあ、おれは、誰に文句を言えばいい。グラナの目利きじゃ、ないんだろう」


「商会です」とミレイユが言った。


 ミレイユは机の脇に立ち、戻ってきた荷の山を見ていた。


「あなたが買ったのは、商会が偽の印で売った品。だから返すべき相手は、商会です。──うちは、その証しを立てます。この薬が商会の蔵を通った偽物だと、組合の徽章持ちが検めた、という書きつけを」


 ミレイユは一枚の紙に、ことの次第を書いた。セレネがその脇に、銀の徽章の名で裏書きをした。


「これを持って、商会に返しなさい。──グラナの目利きが偽物と見分け、組合の鑑定士が裏づけた。そう書いてあります。商会は、知らぬ存ぜぬでは、通せない」


 男は紙を受け取り、何度も頭を下げた。


「助かった。これで、村の連中にも、顔向けができる」


 そういう者が、次から次へとやってきた。


 偽の印の品を掴まされた、よその街の者たちだ。


 俺は一人ずつ、品を視た。罅。腐り。効き目の抜け。糸の痩せ。来歴は、どうしても確かめたいときだけ視た。一日に三つか四つ。それ以上は、頭が持たなかった。


 たいていは、来歴を視るまでもなかった。中身を見れば、外れているのは分かる。偽物だと言い切る最後の裏づけだけ、ここぞというときに来歴で固めた。


 ミレイユとセレネがその一つ一つに書きつけと裏書きを添えた。


 偽物と見分けられた品は、みな商会へ返される段取りになった。


 戻ってきた荷の山が少しずつ、商会へ向かう荷の山に変わっていった。


 ◇


 昼を過ぎたころ。大工の親方が太い梁を二本荷車で運び込んできた。


 偽の印を押された建材だった。家の梁にするつもりで買ったという。


「目利きの保証つきの上物だと、商会の店で言われた。だが組み上げる前に、虫食いが見つかってな」


 親方は梁の腹を節くれだった手で叩いた。


 俺は梁に手を当てた。


 表は乾いて固い。だが芯のほうが違った。芯に古い虫の道が走っていた。乾く前に虫に食われ、それを上から削って整えた梁だ。重い荷を乗せれば芯から折れる。


「これは、危ないやつです。芯に虫の道があります。屋根を乗せたら、いつか折れます」


 親方の顔がさっと青ざめた。


「人が、下にいるときに折れたら、どうなる」


「……たぶん、ただでは済みません」


 俺はもう一度、梁を強く視た。芯の古傷の奥に、辿ってきた道がにじんだ。遠い森。製材の小屋。商会の蔵。そして偽の印。グラナは、なかった。


「これも偽物です。グラナを通っていません」


 親方は深く息をついて、梁の腹をもう一度撫でた。


「危ないところだった。あんたが視てくれなんだら、おれは人の頭の上に、折れる梁を渡すところだった」


 不思議なことが、起きていた。


 偽物を掴まされた者たちが、グラナを恨まなかった。


 むしろ感謝して帰っていった。


 外れの品を、外れだと言い当ててくれた。誰のせいかを、はっきりさせてくれた。商会に返す筋道まで、つけてくれた。──それがありがたいらしかった。


 偽の印で傷ついたはずのグラナの評判が、後始末のやり方で、かえって上がっていった。


「あの街の目利きは、偽物まで見分ける」


「困ったら、グラナへ持っていけ。本物か偽物か、はっきりさせてくれる」


 その評判が、隊商の足で、また連合じゅうへ広がっていった。


 もう一つ、変わったことがあった。


 偽物の品を作った職人たちの名が、汚れずに済んだ。


 たとえばあの回復薬。古い薬を商会が偽の印で売ったせいで、効かない薬だと噂が立ちかけた。だが来歴を辿れば、それは商会の蔵で力を失った薬で、どこかの薬師がいま作ったまっとうな薬とは、別物だった。


 逆にまっとうな薬師の新しい薬には、グラナの本物の印がつく。来歴にグラナと俺の机がある。だから誰も疑わない。


 偽物と本物が、はっきり分かれた。


 外れの責めは、作り手ではなく、偽の印を押した商会へと返っていった。


 ◇


 その日の夕暮れ。机の片づけをしながら、俺はぼんやり思った。


 俺はただ品を視ているだけだ。本物か偽物か。良いか悪いか。それを言うだけ。


 なのに、その一言で、損をした人が救われ、まっとうな職人の名が守られ、嘘をついた商会へ責めが返っていく。


 俺の追い出された街の商会が、自分で押した偽の印に、いま首を絞められている。


 俺は何もしていない。ただ視ているだけなのに。


 ミレイユが戻ってきた荷の最後の一つに、書きつけを添えながら言った。


「ねえ、レイ。──商会に返る荷が、こんなに積み上がってるの」


 その荷の山は、商会が連合じゅうに撒いた嘘の、ちょうど同じ大きさだった。


 返される荷の重さだけ、商会は銭を返し、信用を失う。


 俺はその山を見て、なぜだか、少しだけ、胸が痛んだ。

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