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第55話 公の見分け

 数日後。グラナの市場の広場に、人が集まっていた。


 偽の印の話は、もう連合じゅうに広まっていた。目利きの印が当てにならない。腐った肉に印があった。そんな噂が、グラナの評判を蝕んでいた。


 ミレイユはそれを逆手に取った。


 広場に、長机を一つ据えた。そこへ、目の印の押された品を、いくつも並べさせた。各地から戻ってきた苦情の品。それと、グラナで俺が印を押した品。本物と偽物をまぜこぜにして並べた。


 集まった人々に向けてミレイユが声を張った。


「皆さん。目利きの印が当てにならないという噂を、聞いているでしょう。──今日は、その噂に、はっきり決着をつけます」


「ここに並んだ品には、どれも目利きの印がついています。でも、その中には、偽物が混じっている」


 ミレイユの言葉に、人々がざわめいた。


「偽物だと?」


「商会が、目利きの印を真似て、外れの品に押して売っていたのです。グラナの目利きが視てもいない品に。──だから腐った肉に、印がついていた」


 ざわめきが、大きくなった。商会が、偽の印を。その言葉が、人から人へと伝わっていく。


「ですが」とミレイユは続けた。「うちの目利きには、本物と偽物が、見分けられます。形は同じでも、品が辿ってきた道が違う。それをこれから、皆さんの前でお見せします」


 ミレイユが俺を見た。


「レイ。お願い」


 俺は長机の前に立った。


 たくさんの目が、俺に注がれていた。半分は期待。半分は疑い。本当にそんなことができるのか、という顔だ。


 俺は最初の品を手に取った。塩漬けの肉だ。


 目を閉じ念じた。知りたい。この肉が、どこから来たのか。


 視えた。塩田。荷馬車。商会の蔵。そして火に焼けた鉄。グラナは、どこにもなかった。


「これは、偽物です」


 俺は静かに言った。


「この肉は、遠い塩田で漬けられて、商会の蔵に運ばれました。蔵の隅で底から傷んで。それから偽の印を押されました。──グラナを、一度も通っていません。俺はこの肉を、視ていません」


 人々が息を呑んだ。


 その品を持ち込んだ商人が、前へ出てきた。


「お、おれがメルダートの商会の店で買った肉だ。たしかに商会から仕入れた。──だがなぜ、それが分かる」


「商会の蔵を通った道が、視えるんです」


 俺は次の品を手に取った。今度は鞣した鹿の革だ。


 念じる。視える。グラナの森。なめしの親方の桶。市場の荷車。俺の机。俺の手。


「これは、本物です。グラナのなめしの親方が作って、俺が視て、俺が印を押しました。──外れていません。いい革です」


 革を持ち込んだのはその親方本人だった。親方はぐっと唇を噛んだ。


「お、おれの革は……外れてなかったんだな」


「はい。最初から、外れてません」


 俺は並んだ品を、一つずつ視ていった。


 兜。これは偽物。商会の蔵を通っている。布。これも偽物。蜂蜜の壺。これは本物。グラナの巣箱から来ている。狩りの矢。本物。森と俺の机を通っている。塩漬けの肉。偽物。麻の縄。本物。なめし革。偽物。


 品を手に取るたび、俺は一言だけ告げた。「本物」「偽物」。それだけで広場がどよめいた。持ち込んだ者の顔が、ほっとしたり、青ざめたりした。


 偽物を掴まされた商人は、悔しげに拳を握った。本物を作った職人は、肩の荷が下りたように息をついた。自分の品は外れていなかった。ただ商会の名に巻き込まれただけだった。それが、目の前で、はっきりした。


 一つずつ来歴を辿るたびに頭の奥が重くなった。けれど俺は止めなかった。


 偽物の品は、どれも商会の蔵を通っていた。本物の品は、どれもグラナを通っていた。印の形はすべて同じ。だが辿ってきた道は、はっきりと二つに分かれた。


 最後の品を視終えたとき、広場は静まり返っていた。


 俺の目の前に、二つの山ができていた。


 商会の蔵を通った、偽物の山。グラナを通った、本物の山。


 不思議なものだった。机の上に並んでいたときは、どれも同じ顔をしていた。同じ目の印。同じ値札。誰にも見分けられなかった。それが来歴で分けただけで、はっきりと二つに割れた。


 偽物の山には、塩漬けの肉。兜。布。どれも商会の蔵で底から傷んだ品だ。本物の山には、革。蜂蜜。矢。どれもグラナの作り手が手をかけ、俺が一つずつ視た品だ。


 形は盗めても、来た道は盗めない。その一事が、目の前に、山となって積まれていた。


 セレネが人々の前で、自分の銀の徽章をかざした。


「鑑定士組合の徽章を持つ、わたしが証します。──彼が偽物と言った品をわたしも検めました。等級は最上と出る。でも中身は、底が腐り、芯に巣があり、糸が痩せている。徽章で読める『今の状態』が、彼の見分けと、一つも食い違っていません」


 セレネの声はよく通った。


「品の来歴まで読む目は、組合の歴史にも、ほとんど記録がない。──これは本物の目です。偽物を売ったのは、グラナの目利きではない。グラナの印を盗んだ、商会のほうです」


 人々がいっせいにどよめいた。


 そのどよめきは広場から市場へ、市場から街道へと、広がっていった。


 目利きの印は、偽物じゃなかった。商会がそれを真似て外れを売っていた。腐った肉も、凹んだ兜も、グラナの目利きのせいじゃない。全部、商会が偽の印で押し付けたものだった。


 話は隊商の足に乗って連合じゅうへ流れ出した。バッソが各地へ運び、ハルバが市で語った。


 商会が、グラナの印を盗んだ。商会が、偽物を売った。


 その噂は腐った肉の噂より、ずっと速く広がっていった。


 ◇


 俺は広場の隅で、ひとり、肩で息をしていた。


 たくさんの品を続けて視たせいだ。頭の奥が鈍く痛んだ。耳の奥で、まだ音が鳴っていた。


 ミレイユが水の入った杯を持ってきてくれた。


「お疲れさま。──よく、やってくれたわ」


「俺はただ、視ただけです」


「ええ。あなたはいつも、ただ視ただけ。──それだけで、嘘がひとつ暴かれた」


 ミレイユがやわらかく笑った。


 俺はその杯を受け取りながら、ぼんやりと思った。


 俺の名を騙った偽物は暴けた。だがその偽物を作らせた人は、まだ、遠いメルダートにいる。


 商会の会頭はこれを知ったら、どうするんだろう。詫びるのか。意地を張るのか。それとも、また別の手を打つのか。


 俺にはその人の腹の内までは視えなかった。視えるのは品の来た道だけ。人の心は、相変わらず、俺の目の届かないところにあった。

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