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第49話 商会の名で

 メルダート。バルロ商会。


 会頭の新しい書状は、各地の取引先へ宛てられていた。隊商組合。遠方の市場の差配役。連合じゅうに張りめぐらせた、商会の販路の要所要所だ。


 文面はどれも同じだった。


 ──近頃、後発の街グラナの品がよく出来ていると評判を取っている。だがしょせんは無名の小都市の品。信用に欠ける。そこで当バルロ商会がグラナの優れた品を一手に引き受け、商会の名と保証をつけて連合じゅうへ卸すことにした。商会の検めを経た品ゆえ、安心して扱われたし。


 会頭の狙いははっきりしていた。


 グラナの品が良いのは、もう隠せない。ならばその品を商会の手で囲い込めばいい。グラナの小さなギルドが細々と売るより、商会の販路に乗せたほうが、はるかに広く高く売れる。グラナは品を作る。商会はそれを売る。儲けは商会に入る。


 目利きの男はくれてやる。だがその目利きが値打ちをつけた品の流れは、まるごと商会のものにする。


 それが横取りだった。


 ◇


 数日後。グラナにも、商会の動きが届いた。


 商会の買い付け人が、街にやってきたのだ。


 愛想のいい中年の男だった。市場を回り、評判のいい品を見つけては、その作り手に声をかけていく。


「おたくの品は、いい仕事をしておられる。だがこんな後発の街で売っていては、もったいない。バルロ商会が、相場より高く買い上げますよ。商会の名で連合じゅうへ卸せば、おたくの品がメルダートでもキランでももっと遠くでも売れる。悪い話じゃないでしょう」


 その言葉に心を動かされる者も、いた。


 グラナの職人や商人にとって、商会の販路は喉から手が出るほど欲しいものだった。いくら良い品を作っても、後発の街では売り先が限られる。それが商会の名で連合じゅうへ届く。しかも相場より高く買ってくれる。目先の現金がすぐ手に入る。


 何人かの作り手が、商会に品を流し始めた。荷馬車が街の表通りを行き来し、商会の買い付け人は上機嫌で帳面に印をつけていく。革なめしの親方。香草を干す老婆。鉄を打つ若い鍛冶。みな、目先の銭と商会の販路に、つい手を伸ばした。咎められることではなかった。誰だって、自分の品が遠くまで売れるなら嬉しい。


 その話は、すぐにギルドへも伝わった。


 ミレイユは苦い顔をしていた。


「うまいやり方だわ。レイを引き抜けないと見たら、今度は品を囲い込みにきた。商会の販路は本物よ。連合じゅうに行き渡ってる。グラナの作り手にとっては、断りにくい話なの」


「品を、商会に売るんですか」


「ええ。商会が高く買い上げて、商会の名で各地へ売る。──作り手は目先の銭が入る。でもそれで街の品が全部、商会の手に渡ったら」


 ミレイユは言葉を切った。


「グラナはまた、商会に首根っこを押さえられる。せっかく、自分の足で立てるようになってきたのに」


 俺はその話を聞きながら、首をひねった。


 商会が高く買ってくれるなら、作り手にはいいことのように思えた。なぜミレイユがこんなに渋い顔をするのか。俺には商会のたくらみも、ミレイユの気がかりも、半分しか飲み込めなかった。人の腹の内は俺の目には視えない。


 ただ一つだけ気になることがあった。


「でも商会は、品を売る前に、ちゃんと検めるんでしょうか」


 ミレイユがはっとした顔をした。


「……検め?」


「商会の名で売るなら、商会が中身を検めて悪い品をはじくはずです。でないと、商会の保証になりません」


 俺は商会の検品場を思い出していた。


 俺が抜けたあとの検品場。代表の品を一つ抜き取り、徽章をかざして等級を読むやり方。樽の上のほうだけ見て、底は見ない。袋の口だけ開けて、中までは確かめない。あのやり方では中身がすり替わっていても、底が傷んでいても、まず気づかない。


 俺が六年ひとつひとつ視て弾いていた品を、今の商会は抜き取りの数枚で済ませている。


「グラナの良い品を、商会が抜き取りの検めで売ったら……たぶんいくつかは、悪いのが混じったまま商会の名で出ていきます」


 ミレイユがゆっくりと顔を上げた。


 その目に、さっきまでの苦さとは違う光が、差していた。


「……レイ。それ、本気で言ってる?」


「はい。だって商会には、もう、ちゃんと視られる人がいませんから」


 俺はごく当たり前のことを言ったつもりだった。


 だがミレイユはしばらく俺の顔を見つめて、それからふっと、肩の力を抜いて笑った。


「そう。そういうことね」


 ◇


 その晩。ギルドの一室に、セレネとフィオナも集まった。


 セレネは腕を組んで、考え込んでいた。


「商会は、グラナの品を囲い込もうとしている。でもその品をさばくには、目利きがいる。良い品と悪い品をちゃんと選り分ける目が。──商会には、それがない」


「ヴァローも、いなくなったしね」


 フィオナが、にやりと言った。


「商会の鑑定士は、銀の徽章の若いのが一人でしょ。あの抜き取りのやり方で、連合じゅうに卸す品を全部検められるわけがないわ」


「ええ。商会はグラナの品の評判を、自分の名で借りようとしている。でもその評判を作っていたのは、抜き取りの検めじゃない。レイの目よ。──評判の中身だけを置いてきて、看板だけ持っていこうとしている」


 セレネは静かに続けた。


「看板は中身がないと、すぐ剥がれるわ」


 俺はその話を、半分も分からずに聞いていた。


 ただみんながなぜか少し安心したような顔をしているのが、不思議だった。商会に品を取られるのは、困ったことではないのか。俺にはやっぱり、その温度差がよく分からなかった。


 ◇


 同じ頃。メルダート。商会の検め蔵。


 グラナから買い上げた品が、続々と運び込まれていた。


 干し肉の樽。革の束。鉄の延べ板。香草の袋。荷は山と積まれていく。これを商会の名で連合じゅうへ卸す。会頭の描いた絵は、滑り出しは上々だった。


 その蔵で、銀の徽章の青年が一人、立ち尽くしていた。


 彼の前に積まれた荷は、あまりに多かった。これを全部、自分一人で検めろという。徽章をかざし、抜き取りで。だがと青年は思った。この量を抜き取りで検めて、本当に悪い品をはじけるのだろうか。


 ふと、青年はいつか主任から聞いた言葉を思い出した。


 ──前の検品係は、全部、視ていた。


 青年の手の中で、徽章が頼りなく光っていた。蔵の天井まで届く荷の山を、その小さな金属片で、本当に守りきれるのか。青年には、もう自信がなかった。

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