第44話 検証団の弓
検証団が来たのは、よく晴れた朝だった。
組合本部から、三人。みな銅や銀の徽章を胸に下げている。先頭の一人は白い髭をたくわえた穏やかそうな老鑑定士だった。ヴァローのような傲りは、その顔になかった。ただ、長く鑑定の道を歩いてきた者の静かな目があった。
ギルドの広場に、人が集まり始めていた。組合がグラナの目利きを改めて検める。その噂は、もう街じゅうに広まっていた。
俺は、いつも通りだった。視えるものを視たままに言う。検証だろうと、いつもの相談だろうと、それは変わらない。だから構えはなかった。
禁止令が出てから、目利きの机は畳んだままだ。仲間うちの相談だけを、こっそり受けてきた。だが今日は、組合自身が「検めよ」と言う。ならば堂々と視られる。久しぶりに人前で品に向き合える。それが、少しだけ嬉しくもあった。
フィオナが、俺のすぐ後ろで腕を組んでいた。ドニも斧を担いで控えている。ミレイユは、人垣の前で固い顔をして見守っていた。みんな、俺よりずっとこの検証の重みを分かっているようだった。
「あなたが、レイ殿か」
老鑑定士が穏やかに言った。
「検証に来た。難しいことはせぬ。ただ、いくつかの品を双方で検める。それだけだ」
最初の品は弓だった。
検証団が持ってきた、よく張られた狩り弓。老鑑定士が徽章をかざして読み上げた。
「樫の弓。等級は上。弦の張りもよい。狩りにも戦にも使える。価値は銀貨八枚」
よどみのない読みだった。物の見立ては確かなものだった。
「では、レイ殿。お願いしよう」
俺は弓を受け取った。手に取って視る。木目。弦。握り。順に。
「等級は上。ご老人の見立てで合っています。ただ──」
俺は弓の上の方の反りのところを指でなぞった。
「この弓、上の弭の近く。木の中に目に見えない節があります。今は何ともありません。でも、強く引き続ければ、ここから裂けます。たぶん百と少し引いたあたり」
老鑑定士の眉が、わずかに上がった。
「……百、引いたあたり、とな」
「はい。それ以上は、危ないです」
老鑑定士は、しばらく弓を見ていた。それから静かに言った。
「確かめてみよう」
弓をフィオナに手渡す。フィオナは的の前に立った。矢をつがえて引く。放つ。また引く。放つ。
一射。十射。五十射。広場の人々が数を数え始めた。
八十。九十。弓は、まだ無事だった。フィオナの腕は衰えない。次々と矢を放っていく。
百を、超えた。
百と七射目だった。
ぴしり、と乾いた音がして、弓の上の弭が裂けた。俺が指でなぞった、ちょうどその節のところから。
広場が、静まり返った。
老鑑定士は、裂けた弓を拾い上げた。裂け目をじっと覗き込む。
その奥に、小さな黒い節が隠れていた。木が育つときに枝の根が残った跡だ。表からは、まるで見えない。引き続けて力がかかって、初めて姿を現す。
俺には、それが最初から視えていた。弓を手にした瞬間、節の奥にひそむ弱さが目に入ってしまう。それを強く引けばいつ裂けるか。なんとなく分かってしまう。商会で六年、検品をしていた頃から、ずっとそうだった。誰でもそうだと思っていた。だが、どうやら、そうではないらしい。この街に来て、少しずつ、それが分かってきた。
「……まことだ」
老鑑定士が、低く呟いた。
「わしの目には、この節は視えなんだ。等級も価値も読めた。だが、この弓がいつ、どこから裂けるかまでは──視えなんだ」
その声に悔しさはなかった。ただ、長く鑑定をしてきた者の純粋な驚きがあった。
「もう一つ、検めさせてくれ」
次の品は革鎧だった。
よくなめされた、上等な革鎧。老鑑定士が等級を読み上げる。上等。価値、銀貨十五枚。俺の視たものと同じだった。
「ただ」
俺は、革鎧の脇腹のところを、指で押した。
「ここの縫い目。糸が一本だけ傷んでいます。なめしのときに薬が染みすぎたんでしょう。今は持ちます。でも、戦いで強く引かれれば、ここから解けます。脇腹が、がら空きになります」
「……それも、確かめられるか」
「引っ張れば、分かります」
ドニがその縫い目を両手で強く引いた。
ぶつ、と糸が切れた。脇腹の革が、ぱっくりと口を開けた。俺の指した、ちょうどその一本から解けたのだ。
検証団の三人が顔を見合わせた。もう誰も何も言わなかった。
老鑑定士は、最後に井戸の水を検めた。
ギルドの裏の、古い井戸だ。桶に汲んだ水を、徽章をかざして読む。「澄んでいる。飲める水だ」と。
「ご老人。その水は飲めます」
俺は横から言った。
「でも、井戸の底。東の隅。そこの石組みが少し崩れかけています。今は澄んでいます。でも、あとひと月もすれば土が混じり始める。濁る前に、底を直したほうがいいです」
老鑑定士は、桶の水をじっと見た。澄んだ水だった。濁る兆しなど、どこにもない。だが、もうこの老人は疑わなかった。
「……あなたの目は」
老鑑定士は、ゆっくりと言った。
「わしらの目とは、見ているものが、違う。わしらは、今を見る。あなたは、今の中に、これからを見る。──同じ鑑定という言葉で呼ぶのが、おこがましいほどだ」
◇
検証は、それで終わった。三つの品、三つの的中。誰の目にも、もう疑いの余地はない。
老鑑定士は、俺の前に立ち、深く頭を下げた。組合の銀の徽章を持つ者が。徽章なき田舎の目利きに。
「失礼をお許し願いたい。我々は、あなたを疑うために来た。だが、検めるほどに頭が下がるばかりだ」
「いえ。俺は、視えたものを言っただけです」
「その『視えたもの』が、我々には視えぬのだ」
老鑑定士は顔を上げた。その目には、もう迷いがなかった。
「組合へ戻り、ありのままを報告する。あなたの目は本物だ。ヴァロー殿の処断要請は──通らぬ」
広場に、わっと歓声が上がった。フィオナが飛び跳ね、ドニが豪快に笑った。ミレイユが目元を押さえていた。市場の人々も口々に俺の名を呼んでいる。半月前、机を畳まされた目利きが、組合の手で本物と認められた。その喜びが、広場いっぱいに弾けていた。
俺は、その真ん中で少し戸惑っていた。
みんなが、なぜこんなに喜ぶのか。俺は、いつも通りのことをしただけなのに。視えるものを視たままに言う。それだけのことだったのに。
北の空の下で、組合の天秤がようやく一方へ傾こうとしていた。
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