第30話 割れた柄
翌朝、市場の広場に人が集まっていた。
公開の検め。その触れ込みが昨日のうちに街じゅうへ広まっていた。八百屋の女房も魚屋の親父も、店を半分閉めて見に来ている。冒険者たちも依頼を後回しにして輪を作っていた。広場は朝市の日よりもにぎわっていた。
真ん中に二つの台が並べてある。一方は組合の黒い検め台。ヴァローのものだ。もう一方はただの木の机。俺のためにミレイユが運んできてくれたものだった。安物の机と立派な検め台が、そのまま二人の格の差を見せていた。
ヴァローが護衛を従えて現れた。金の徽章を胸に、ゆっくりと台の前に立つ。集まった人々をつまらなそうに見渡した。
「これだけの田舎者が、まやかしに群がっているわけか」
誰にともなく、そう呟いた。
俺は机の前に立った。フィオナがすぐ後ろで腕を組んでいる。ミレイユは人垣の前で見守っていた。
◇
「では、始める」
ヴァローが護衛に合図した。荷からいくつもの品が運ばれてくる。剣。盾。革袋に入った薬。麻の縄。どれもヴァローが自分で選んできたものだ。
「品はすべて私が選んだ。お前が細工をする隙はない。一つずつ双方が鑑定する。等級。状態。価値。それを皆の前で読み上げる」
ヴァローが最初の品を取った。一振りの剣だった。
徽章をかざす。目を閉じる。長い指が、剣の上で止まった。
「鋼の剣。等級は上。刃こぼれなし。よく鍛えられている。価値、銀貨十二枚」
よどみのない読み上げだった。集まった人々が、ほう、と息を漏らす。さすが金の徽章。物の見立てそのものは確かなものだった。等級も価値も、俺が視たものと同じだった。
「次は、お前だ」
俺は剣を手に取った。重さを量る。刃を視る。
「等級は上。刃こぼれもありません。ヴァローさんの見立てで合っています」
「ならば同じだな」
「ただ」
俺は刃の根元を指でなぞった。
「この刃の、根元のところ。鍛えたときに一度、火が回りすぎています。今は分かりません。ですが、固いものを思い切り叩くと、この一点から欠けます。たぶん、二十回も打ち合えば」
ヴァローの口の端が歪んだ。
「また、それか」
◇
「いいか、皆の衆!」
ヴァローが人々のほうへ振り向いた。声を張り上げる。
「この男のやり口を、よく見ておけ。私が読むのは、今ここにある事実だ。等級。状態。価値。誰にでも確かめられる。だが、この男はどうだ。『いつか欠ける』『そのうち割れる』。確かめようのないことばかりを並べる!」
ヴァローは剣を高く掲げた。
「未来など誰にも分からん。明日のことすら分からんのが人間だ。それを、さも見てきたように言う。これをはったりと言わずになんと言う!」
人々がざわついた。
言われてみれば、その通りに聞こえる。剣がいつか欠けるかどうか、今は誰にも分からない。ヴァローの言い分には、理屈の上で穴がなかった。人垣の何人かが、不安そうに俺を見た。
俺はその剣を見て、静かに言った。
「なら、確かめましょう」
「なに?」
「二十回、打ち合えばいい。今、ここで」
◇
俺は人垣のほうを見た。
「ドニさん」
「おう」
斧の大男が、のっそりと前に出てきた。手には自前の鉄の斧。腰の捻れが治って、足取りがまっすぐになっている。
「この剣で、ドニさんの斧と打ち合ってください。本気で。二十回」
ドニは、にやりと笑った。剣を受け取り、間合いを取る。ヴァローが止める間もなかった。
金属の音が広場に響いた。
一打。二打。三打。ドニの斧が容赦なく剣を叩く。十を超えても、剣はまだ無事だった。ヴァローの顔に、わずかな余裕が戻る。やはりはったりだ。そう言いたげな目だった。
十五打。十六打。
十八打目だった。
かん、と高い音がして、剣が折れた。きれいに、根元から。
俺がさっき指でなぞった、あの一点から。
広場が、しんと静まり返った。
◇
ドニが折れた剣を拾い上げた。断面を、皆に見えるように掲げる。
根元の断面に、白っぽい筋が走っていた。鍛えたときに火が回りすぎ、もろくなった跡だ。素人目にも、そこだけ色が違うのが分かる。
「……レイの言った、通りだ」
ドニが、低く言った。
わあっ、と歓声が上がった。八百屋の女房が両手を打ち鳴らす。冒険者たちが口々に俺の名を呼ぶ。フィオナが、後ろで誇らしげに胸を張った。まるで自分が当てたみたいな顔だった。
俺は、その断面を改めて視た。火の回りすぎた跡。鍛冶の手元が、ほんの一瞬狂った証だ。打った者を責めるつもりはない。鉄は正直で、ただそこに残っているだけだった。それを読めるか読めないか。違いは、それだけのことだった。
ヴァローは、折れた剣を呆然と見ていた。金の徽章が、その胸で頼りなく揺れている。
「次は、縄を」
俺は、まだ静かに言った。
「あの麻の縄。外はいちばん上等に見えます。でも、中ほどに一本だけ、湿気を吸った古い麻が混じっています。荷を吊るせば、そこから切れます」
これはセレネのときと同じやり口だった。だがヴァローは、それを知らない。
縄が滑車に掛けられた。重しが吊るされる。一袋。二袋。三袋目で──ぶつ、と縄が切れた。
俺が言った、ちょうど真ん中の一点から。
◇
もはや、誰の目にも明らかだった。
ヴァローの読みは、今この瞬間の品を正しく言い当てる。だが俺の視えるものは、その品がこれからどうなるかまで届いている。剣がいつ、どこから欠けるか。縄がどこで切れるか。それが人々の目の前で、次々と的中していく。
数字では勝負にならなかった。
ヴァローの顔から血の気が引いていた。青白い顔が、さらに白くなる。落ち窪んだ目が、折れた剣と切れた縄を行き来していた。
俺は、別に勝ち負けのつもりはなかった。ただ視えたものを言って、それを確かめてもらっただけだ。だから、勝ち誇る気にもなれなかった。
「ヴァローさん」
俺は声をかけた。
「俺のは、たぶん鑑定ではないんだと思います。手順も知らないので。でも、品がこれから壊れるところは視えるんです。それだけは、本当です」
ヴァローは答えなかった。
ただ、その手が小刻みに震えていた。握りしめた拳の中で、金の徽章が汗で滑っていた。彼が長年、誰よりも上だと信じてきた、その徽章が。
「……認めん」
絞り出すような、低い声だった。
「こんなものは、認めん」
広場の歓声が、ぴたりと止んだ。
ヴァローが、ゆっくりと顔を上げた。その目に浮かんでいたのは、敗北ではなかった。
もっと暗いものだった。
「貴様……何か、仕掛けたな」
その一言で、空気が変わった。
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