第28話 無資格の目利き
ヴァローは、昼前にギルドへやってきた。
金の縁取りの馬車が、ギルドの前にぴたりと停まった。護衛が先に降りて扉を開ける。中から、仕立てのよい外套の男がゆっくりと姿を現した。
歳は四十ほどか。痩せた体に青白い顔。落ち窪んだ目が街並みを一瞥して、すぐに興味を失ったように細められた。
胸の金の徽章が、昼の光を鈍く返している。
「ここが、グラナの冒険者ギルドか」
ヴァローは、扉をくぐる前に建物を見上げた。古い木の看板。剥げかけた塗り。修繕の跡。
「ずいぶんと、ささやかな構えだな」
言葉に侮りが滲んでいた。隠す気もないらしい。ミレイユが受付から出てきて頭を下げた。
「ようこそ、グラナへ。ギルド長のミレイユです」
「組合本部、金の徽章のヴァローだ。再査察に来た。例の、目利きとやらはどこにいる」
俺は、樽の脇から一歩前に出た。
「俺です。レイといいます」
ヴァローの目が俺を上から下まで一度だけ流れた。それきり視線が止まることはなかった。
「ふん」
短い、それだけの返事だった。
◇
「徽章は」
ヴァローが、最初に聞いたのはそれだった。
「ありません」
「組合の資格は」
「ありません」
「鑑定の修練を、どこで積んだ」
「どこでも。商会の検品場で、品を視ていただけです」
ヴァローの口の端が、わずかに歪んだ。笑ったのだ。あざ笑い、というやつだった。
「検品場の下働きか。それが鑑定を騙っていると」
「騙ってはいません。聞かれたから、視て、答えているだけです」
「同じことだ」
ヴァローは外套の裾を払って、受付の椅子に腰を下ろした。脚を組み、指を組む。長い指だった。
「いいか。鑑定とは組合の定めた手順に則り、徽章をかざして等級を読む技だ。何年もの修練と本部の認可があって、初めて名乗れる。お前のような無資格の素人が勘で物の良し悪しを口にする。それは鑑定ではない。ただの当てずっぽうだ」
俺はその言葉を否定しなかった。
半分はそうかもしれないと思っていたからだ。俺は手順も知らない。等級の読み方も誰かに習ったわけではない。ただ、品を視るとなんとなく分かる。それだけだった。
「そうかもしれません」
俺がそう答えると、ヴァローは少し意外そうな顔をした。たぶん、言い返してくると思っていたのだろう。
◇
ヴァローは、検めを始めた。
組合の検め台を運ばせた。護衛が荷から抱えてくる。黒い天鵞絨を張った、立派な台だった。
「品を持ってこい。なんでもいい。お前が目利きをしたという品を」
ミレイユが、棚から短剣を一本持ってきた。冒険者が持ち込んだ、買い取りの品だ。
ヴァローはそれを台の上に置いた。徽章をかざす。目を閉じて、何かを読み取るようにしばし黙る。
「鉄製の短剣。等級は中。刃に欠けはなし。錆は表面のみ。買い取りなら銀貨二枚が妥当」
すらすらと、よどみなく数字が出た。さすが、と思った。等級も、錆の見立ても、間違ってはいない。
「では、お前が視ろ。同じ品を」
俺は短剣を手に取った。掌で柄を握る。重さを量る。
「等級は、たしかに中です。錆も表面だけ。ヴァローさんの見立てで、合っています」
「ならば、同じだろう」
「ただ」
俺は、柄の付け根を指でなぞった。
「この柄の中。茎に、一度水を浴びた跡があります。今は乾いていますが、内側から錆が来ています。あと半年、湿った場所で使えば、柄の中で茎が痩せて、振った拍子に刃が抜けます」
ギルドの中が、しんとした。
ヴァローの眉が、片方だけ上がった。
◇
「……柄の中、だと」
「ええ。割って見れば分かります」
「割らずに分かると言うのか。茎の内側の錆が」
「なんとなく、視えるので」
ヴァローは、しばらく俺の顔を見ていた。それから、ふっと鼻で笑った。さっきよりも、もっと冷たい笑いだった。
「当てずっぽうだな」
「え」
「いいか。鑑定とは今この品がどうであるかを読む技だ。等級。状態。価値。それはすべて今ここにある。──だが、お前の言うことは違う」
ヴァローは、短剣を指で弾いた。
「半年後に抜ける? 湿った場所で使えば? それは未来の話だ。まだ起きていない。誰にも確かめようがない。確かめようのないことを、さも見てきたように言う。それを世間では、はったりと呼ぶ」
「はったり」
「そうだ。お前は確かめられないことばかりを並べて、田舎者を感心させているにすぎん。組合の令嬢もその手に引っかかった。情けない話だ」
俺は、どう答えればいいのか分からなかった。
半年後に抜けるかどうか、たしかに今は確かめられない。それはヴァローの言う通りだった。俺には視えたものをそのまま言うことしかできない。それが当たるかどうかは半年経たないと分からない。
「……たしかに、今は確かめられません」
「だろう」
ヴァローは、満足げに頷いた。
◇
「ちょっと待ちなよ!」
声を上げたのは、フィオナだった。
いつの間に来ていたのか、入口のそばに立っていた。赤い髪を逆立てんばかりに、ヴァローを睨んでいる。
「あんた、さっきから聞いてりゃ。レイの言うことが当てずっぽうだって? 冗談じゃない。この人の見立てで、あたしは命拾いしたんだ。盾が次で割れるって、ぴたりと当てられた。おかげで生きてる」
「ほう」
ヴァローは、フィオナを一瞥した。
「では聞くが。その盾は本当に割れたのか。割れる前に取り替えたのだろう。ならば割れたかどうかは誰にも分からん。割れなかったかもしれん。それを当たったと思い込んでいるだけだ」
フィオナが、言葉に詰まった。
「そ、それは……」
「未来を言い当てたのではない。未来を言い当てたと、お前たちが信じ込まされているだけだ。違うか」
フィオナは、悔しそうに唇を噛んだ。言い返したいのに、言葉が出てこない。理屈の上では、ヴァローの言うことに穴がなかった。
俺は、フィオナの肩にそっと手を置いた。
「いいんです、フィオナさん」
「でも、レイ!」
「ヴァローさんの言う通り、今は確かめられない。なら、確かめてもらえばいいだけです」
◇
ヴァローが、目を細めた。
「確かめる、だと」
「はい」
俺は、短剣を台に戻した。
「半年待たなくても、確かめる方法はあります。この街には腕のいい鍛冶がいます。柄を割って、中の茎を見てもらえばいい。錆が来ているか、来ていないか。それは今ここで分かります」
ヴァローの顔から、笑みが消えた。
「……割って、見せると」
「ええ。それで、はったりかどうか、はっきりします」
ギルドの中の空気が、変わった。ミレイユが、すっと背筋を伸ばす。フィオナの目に、光が戻った。
ヴァローは、しばらく黙っていた。長い指で、組んだ膝を、とん、と叩く。
「……いいだろう」
その声は、低かった。
「ただし、一本では話にならん。明日、市場の広場で、公開の検めを行う。品はこちらで用意する。大勢の前で、お前の当てずっぽうが、どれだけ外れるか。見せてもらおう」
ヴァローは立ち上がり、外套を翻した。
「逃げるなよ、無資格の目利き」
扉が閉まる。馬車の車輪が、石畳を鳴らして遠ざかっていった。
俺は、その背を見送りながら、ぼんやり考えていた。
明日、品を割れば、視えたものが本当かどうか分かる。それで、はっきりする。
ただ──ヴァローは、本当に、それで納得するのだろうか。
なぜか、しないような気がした。
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