第23話 腰の捻れ
翌朝、ドニがギルドに来た。
斧を担いだ大男だ。背は俺の頭ひとつぶん高い。肩は岩のよう。首は丸太のように太い。
その男が、入口で気まずそうに立っていた。
「呼ばれたから来たが。レイ。おれの、どこが悪いって?」
「腰です」
「腰なんざ、なんともねえ。昨日も丸太を六本担いだ」
「担げるうちは気づきません。気づいたときには、もう立てなくなっています」
俺はドニの腰のあたりをじっと視た。
骨の並びが、わずかにねじれている。古い捻れだ。ずっと前に痛めてそのまま固まったらしい。本人は治ったつもりでいる。だが芯は歪んだままだ。
「左で庇って歩いています。右の力で押し切る癖がついています。今は若さで持っています。ですが」
「ですが、なんだ」
「来年の冬には、持ちません」
ドニが黙った。
◇
「昔、痛めたことはありませんか。腰を」
「……あー」
ドニは頭をかいた。
「五年前だ。鉱山の崩れに巻き込まれてな。岩の下敷きになった。ひと月寝込んで、それきり。治ったと思ってた」
「治っていません。骨がずれたままくっついています」
「マジか」
「フィオナさんの肩を診た骨接ぎの老人がいます。あの人ならずれを少し戻せます。一度では無理です。半年、通ってください」
「半年もか」
「半年で、あと十年動けます。通わなければ、来年で終わりです」
ドニは斧を床に置いた。ごとり、と重い音がした。
「……お前。品物だけじゃなく、人の中まで視えるのか」
「最近、なんとなく。困っている人が目につくようになって」
「困ってる、ね」
ドニは苦笑いした。
「おれは困ってるつもりはなかったんだがな。お前に言われると、困ってる気がしてくる」
「困っています。間違いなく」
「言い切るなあ、お前は」
ドニは肩を揺すって笑った。それから斧を担ぎ直し、骨接ぎへ向かっていった。
大きな背中が、たしかに少しだけ左に逃げていた。
◇
ドニが出ていったあと、ミレイユが受付で帳面を開いた。
「ねえ、レイ。ちょっといい?」
「はい」
「ギルドの冒険者、みんな診てもらえないかしら」
俺は手を止めた。
「みんな、ですか」
「ドニみたいな人、ほかにもいるはずなの。本人が気づいてないだけで。古い怪我を抱えて、無理して依頼に出て、ある日ぱったり動けなくなる」
ミレイユの声が少し沈んだ。
「そういうの、何人も見送ってきたわ。冒険者は体が資本でしょ。なのに誰も自分の体のことが分からない。痛くなって初めて医者に行く。手遅れになって初めて気づく」
ミレイユは帳面の隅を、指でとんとん叩いた。
「あなたが先に視てくれたら。手遅れになる前に止められる。それって、すごいことよ」
「俺は医者ではありません。治せません」
「治さなくていいの。気づくだけでいい」
ミレイユはまっすぐ俺を見た。
「気づければ間に合う。あなたにしか、できないことよ」
◇
その日から、目利き相談の合間に、冒険者の体を視る日を作った。
月に一度。希望する者だけ。順番に、悪いところがないか検める。
最初は半信半疑だった面々も、ドニの一件が伝わると、ぽつぽつ並ぶようになった。
「右の膝に水が溜まっています。山道を駆け下りるのは、しばらくやめてください」
「お腹が冷えています。生水は控えてください。三日で治ります」
「あなたは、なんともありません。よく寝て、よく食べている。いい体です」
悪いところを言う。良いところも言う。
なかには、頑として並ばない男もいた。
「おれは医者なんざ信じねえ。体のことは自分がいちばん分かってる」
古株の槍使いだった。痩せて、頬がこけている。
俺は無理に勧めなかった。だが、その顔色が気になった。唇の裏が白い。爪に艶がない。血が、薄くなっている。
「あなたは、診なくていいです。ですが、ひとつだけ」
「あぁ?」
「鼻血が、最近よく出ませんか」
男の手が、止まった。
「……なんで分かる」
「血が薄くなっています。肉と、青菜を食べてください。それと、しばらく酒を控えること。倒れる前で、まだ間に合います」
男はしばらく俺を睨んでいた。それから、ふいと顔をそむけた。
「……覚えとく」
次の月、その男は黙って列に並んでいた。
すると、不思議なことが起きた。
無理をして倒れる者が減った。古傷をこじらせて依頼を落とす者が減った。
ギルド全体の依頼の達成数が、じわじわと上がり始めた。
「見てよ、これ」
ミレイユが帳面の数字を指して笑った。
「先月、依頼の取りこぼしがゼロ。三年やってて初めてよ。みんな、ちゃんと体が動くから」
「体が動けば仕事ができます。当たり前のことです」
「その当たり前を、誰もできなかったの」
ミレイユは帳面を閉じた。
「あなたが来て、ギルドが強くなってる。お金だけじゃない。人もよ」
◇
夕方、フィオナが受付に駆け込んできた。肩を回す動きが、すっかり軽い。
「レイ! 肩、もう全然平気! 今日、弓を満月まで引けたの!」
「よかったです。無理は、まだしないでください」
「するわけないでしょ。あんたに怒られるもん」
フィオナは胸を張った。それから、ふと声を落とした。
「ねえ。あんたが視てくれるようになってさ。みんな、すごく安心してるの。山に入る前にあんたから『大丈夫』って言ってもらうと、それだけで違うって」
「俺は視るだけなので」
「その『だけ』が、でかいのよ」
フィオナはちょっと頬を赤くして、すぐにごまかすように笑った。
俺には、その赤さの意味が分からない。
肩が治って嬉しいのだろう。たぶん、そういうことだと思った。
◇
その夜。バッソが、息を切らしてギルドに飛び込んできた。
隊商の御者頭だ。普段は落ち着いた男が、めずらしく慌てている。
「ミレイユさん! ハルバの婆さんから、急ぎの言伝だ!」
「キランの? なに」
「なまくら石の品が、評判を呼んだらしい。キランの大店が、ガロの打った武具を、まとめて買いたいと言ってきた。それも、月に三十振り」
受付の空気がざわついた。
月に三十振り。今のガロ一人では、とても打てない数だ。
ガロは偏屈な老鍛冶だ。自分の納得した物しか出さない。一振り一振りに、手間をかける。三十振りなど、首を縦に振るはずがない。
「三十……?」
ミレイユの顔が、喜びと戸惑いでこわばった。
商会を通さない取引が、思っていたより、ずっと大きく育とうとしていた。
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