第219話 盟の検め場
次の朝、ザマーが迎えに来た。
俺たちは都の坂を下りた。港のほうへ。倉の山脈のあいだを縫って、いちばん大きな倉の前に立つ。
「ここが、盟の検め場です」
ザマーが扉を開けた。
……俺は、息を止めた。
中は途方もなく広かった。天井が高い。その高いところを鳥が飛んでいた。窓から光が差しこんで光の中に細かいほこりが舞っている。……音がした。木札を打つ音だ。かつん、かつん、と、あちこちで。何百という手が絶え間なく木札を打っている。その音が倉じゅうに満ちて、雨のように聞こえた。
その光の下に卓が並んでいた。何十も。いや、何百も。卓の一つずつに人が座り、みな手元の品を見ている。
品が流れていた。
卓と卓のあいだに、なだらかな木の台が渡してある。その上を、品を載せた木の箱がするすると滑っていく。一つの卓で誰かが品を検め、しるしをつけ、次の卓へ流す。次の卓の者がまた別のところを検める。……止まらない。水車のように、途切れなく回っていた。
「三百人います」
ザマーが言った。
「塩を検める者。鉄を検める者。革を、麦を、油を。……一人が一つだけを検めます。塩の者は塩しか見ない。そのかわり、塩のことならその者がこの世でいちばん速い」
卓のわきに、板が立ててあった。
そこに線が書いてあった。塩なら、にがりはここまで。粒はこの大きさまで。数字と、絵で。……検め手はその板を見て、品を見て、内か外かを決める。迷いがない。迷う必要がないように、板に全部書いてあった。
俺は近くの卓をのぞいた。
塩の樽が流れてくる。検め手が蓋を開け、さじで一すくい取り、指でこすり、樽の腹に木札を打つ。それだけだ。ひと息もかからない。次の樽。また木札。次の樽。……そのあいだ、検め手は一度も顔を上げなかった。
「速い」
俺は正直に言った。
連合の検め場よりずっと速かった。グラナの検め場では、俺が一人で樽を一つずつ開けていた。ここではそれを三百人が分けてやっている。しかも乱れがない。
「あちらが反物です」
ザマーが指した。
反物の卓では、検め手が布を光にかざしていた。かたわらに色の見本が留めてある。小さな布切れが、濃いのから薄いのまで順に並べてある。検め手は流れてきた反物を見本に当て、色を見比べ、木札を打つ。
俺はその反物の一つに目を留めた。
流れていく反物の、端のほう。織り目が少しゆるい。
「あの反物」
「端の織りがゆるいです。あそこからほつれます。……たぶん、一度洗ったら」
検め手はそれに木札を打っていた。通した、という札だ。
「色は、線の内側ですから」
ザマーが言った。
「あの者は色を検めます。織りは検めません。織りは、隣の卓の者が検めました。その者は通した。だから、通ります」
「でも、ほつれます」
「色は、線の内側です」
ザマーは同じことをくり返した。
悪びれてはいなかった。ただ事実を言っていた。色の検め手は色を検め、織りの検め手は織りを検める。二人とも自分の線の内側だと言った。だから反物は通る。……端がほつれることは、どの卓にも引っかからない。
◇
俺は検め場をゆっくり歩いた。
見れば見るほどよくできていた。
連合の検め場は、俺一人の目に頼っていた。俺が倒れれば止まる。俺が見落とせば漏れる。……ここは違う。一人が一つを検める。誰が倒れても、代わりがいる。三百人のうちの一人が見落としても、品目が違えば別の誰かの線には引っかかる。
仕組みとしてはこちらのほうがずっと進んでいた。
俺は認めるしかなかった。
だが歩きながら、俺はずっと引っかかっていた。
誰も品を「視て」いなかった。
塩の検め手は、塩がしょっぱいかどうかを見ない。にがりが残っているかどうかも。ただ線の内側かどうかを見る。漬け物に向くか、焼き物に向くか、そんなことは誰も考えない。……この塩は何に使うのがいちばんいいか。それを言う者が三百人のうち一人もいなかった。
線の内側に品を落とす。それだけだ。
落ちれば通る。落ちなければ弾く。線の上のどこに落ちたかは、誰も見ない。線のすぐ上も、うんと上も、同じ「内側」だ。
卓の一つで俺は足を止めた。
革が流れていた。その中に一枚、いい革が混じっていた。指に吸いつくような、あの三十年の革に近いものが。厚みが均一で、なめしに手がかかっている。……作った職人は、腕がいい。
検め手はそれに木札を打った。「通し」の札だ。
その隣を、平べったいただ線を越えただけの革が流れていく。それにも同じ「通し」の札が打たれた。
二枚は同じ棚へ流れていった。同じ値のところへ。
いい革を作った職人は、線のすぐ上の革を作った者と、同じ値しかもらえない。……この検め場では、腕は報われない。腕がないことが罰されないかわりに、腕があることも報われない。
グラナでは、俺は品を一つずつ手に取った。この干し肉はどこの豚か。この縄は誰が作ったか。……手に取れば、作った人の手つきまで視えた。時はかかった。一日にそう多くは視られなかった。
ここはその逆だ。速い。多い。乱れない。……そのかわり、誰の手つきも視ていない。
あの老職人の革が、ここを流れてきたら。
……たぶん、通る。線の内側だから。そして、隣の薄くすいた革と同じ木札を打たれる。同じ値で、同じ棚へ。三十年の革と、昨日の革が。
俺は都の市で感じたことの正体を見た気がした。
線がある。全部がその線のすぐ上に乗っている。──この検め場が、その線だった。
「どうです」
ザマーが言った。
「連合に、これだけの検めがありますか」
「ありません」
俺は正直に答えた。
ないのだ。連合にはない。これだけ速く、これだけ乱れず、これだけ大きな検めは。
「ですが」
俺は言いかけて言葉に詰まった。
ですが、何だ。この検めには、何が足りない。……足りないものなど、ないのかもしれない。品はちゃんと検められている。偽物は弾かれている。だますものは、一つも通らない。
ただ、視られていない。
それだけだった。それをどう言葉にすればいいのか、俺には分からなかった。
「頭に、会っていただきます」
ザマーが言った。
「この検め場の、首席の検め手です。……盟でただ一人、あなたと同じだけ品を視られる男だと、盟主は言っておられました」
俺は顔を上げた。
「その者の名は、ケラーといいます」
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