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第203話 荒くれと掟

 柄の悪い男たちは、七人いた。


 先頭の大男が、辻の秤の前で足を止めた。顔の左に、古い刀傷。腕には蛇の彫り物。ひと目で堅気ではないと分かった。


 残りの六人が、宿の戸口をふさぐように散った。手には棍棒。腰にはなまくらの剣。


 宿の二階の窓に、いくつか灯りが見えた。泊まり客だ。だが誰も外へは出てこない。そっと戸を閉める音がするだけだ。この街では、もめごとに首を突っ込む者はいない。見て見ぬふりが、この街の作法だった。


 宿の中からハイデが出てきた。フィオナさんも俺のうしろに立つ。


「何の用だい。こんな夜更けに」


 ハイデの声は落ち着いていた。だがエプロンの下で、その手は固く握られている。


 大男が辻の秤を顎でしゃくった。


「この妙な秤を置いたのは、てめえらか」


「それが、どうかしたかい」


「このあたりは俺たちの縄張りでな」


 大男は懐から木の札を取り出した。ひもの付いた、割り符のような札だ。


「顔役の名代だ。ここいらで商いをする者は、あいさつ料を納める決まりでな。それと──そこの秤は片づけてもらう」


「あいさつ料だって」


 ハイデが鼻を鳴らした。


「二十年、そんなもの払ったことはないよ」


「今までが甘かったのさ」


 大男が一歩前に出た。六人の男たちが、じり、と間合いを詰める。


 俺はその割り符を視た。


 ……木を削ったものだ。


 焼き印が押してある。だが縁がつぶれて線がにじんでいた。金物の型で押した印じゃない。小刀で彫って、あとから焦がしただけだ。本物の名代の証なら役所の鉄印が要る。これは違う。


「その札、偽物ですね」


 俺は言った。


 しん、となった。


 大男の眉が、ぴくりと動いた。


「……あぁ?」


「顔役の名代の証じゃありません。木を削って焼き印をまねただけです。役所の鉄印なら、線はもっと細くて深い。これは小刀の跡です。……たぶんあなたたち、顔役とは関わりないですよね。名前を借りて、勝手に集めてるだけ──」


「小僧が!」


 大男が吼えた。腰の剣を抜く。


 六人もいっせいに得物を構えた。


 まずい、と思ったときには、フィオナさんが前に出ていた。


 槍を構える。俺は大男を視た。


「フィオナさん。大男の剣、根元に刃こぼれがあります。強く打ち合えば、そこから折れます。革の当ては左の留めが切れかけてて、左肩ががら空きです。あと、右足をかばってます。古傷です」


「上等だ」


 フィオナさんが笑った。旅に出てから、ずっと退屈そうにしていた人だ。守るものがあると、この人は生き生きする。


 大男が斬りかかった。フィオナさんは槍で、その剣の根元めがけて打つ。刃こぼれの走った剣が、半ばから折れた。


 大男の体勢が崩れる。あらわになった左肩へ、槍の石突きが叩き込まれた。革の留めが切れて、大男が膝をつく。かばった右足に、もう一撃。


 大男が倒れた。


 頭目が沈むと、残りは腰が引けた。フィオナさん一人に、六人が及び腰だ。俺が一人ずつの得物の欠陥を読み上げると、男たちはもう戦う気をなくして、大男を引きずって逃げていった。


 辻に静けさが戻った。


 フィオナさんが槍を下ろした。


「他愛ない連中だな。あんたの目があれば、こんなのは百人来ても同じだ」


「……そう、でしょうか」


 俺は逃げていった男たちの背中を見ていた。


 勝った。追い返した。だが、なぜだろう。ちっとも片づいた気がしない。


 あの男たちは、また来る。今夜がだめなら明日。明日がだめなら明後日。数を増やして。得物を変えて。力で追い返しても、きりがない。


 グラナで検め場を守っていたときは、こうじゃなかった。悪い品を弾けば、それで済んだ。誰も夜中に棍棒を持って押しかけてはこなかった。


 ここは違う。まっとうであろうとするだけで、敵ができる。正直が、剣を向けられる理由になる。この街のだましあいと同じだ。強い者が弱い者から奪う。奪われる前に奪う。その輪の中に、俺たちの秤も放り込まれただけだ。


  ◇


 翌朝。


 ハイデが辻の秤を布で拭いていた。夜の騒ぎのあいだに、泥のついた手で触られたのだろう。


 俺はその横に立った。


「ハイデ。昨日の連中、また来ると思います」


「だろうね」


 ハイデは手を止めなかった。


「この街じゃ正直は目立つ。目立てば、たかられる。……それが嫌なら、あんたも、みんなと同じに秤を狂わせるこったね」


「それは、しません」


「だろうね」


 ハイデがふっと笑った。


 俺は少し考えて言った。


「力で追い返しても、終わらないと思うんです。あの連中を叩きのめしても、また別の連中が来る。……この街の人が、自分でまっとうな秤を選ぶようにならなきゃ、たぶん何も変わりません」


「ずいぶん気の長い話だね」


「はい。でも、それしかない気がして」


 ハイデが布を置いた。腕を組んで俺を見る。


「あんた、本気でこの街を変える気かい」


「変える、というか。……まっとうな品を、まっとうな値で。それが当たり前になればって。グラナで、そうだったので」


「グラナ」


「俺が前にいた街です」


 ハイデはしばらく何か考えていた。それから、ため息をついた。


「……いいかい小僧。この街の連中が、なんでだましあうか分かるかい」


「いえ」


「貧しいからさ」


 ハイデは辻の向こう、街のはずれのほうへ目をやった。


「奪わなきゃ食えないと思ってる。だから奪う。だまさなきゃ損をすると思ってる。だからだます。……秤をまっすぐにするだけじゃ足りないんだよ。この街そのものを、食わせてやらなきゃ」


「食わせる……」


「この街を食わせてたのは、外れの山の坑道さ」


 ハイデが言った。


「昔はあの坑道から、いい鉄も銀も出た。それでこの街は栄えた。……だけど今は荒れちまってる。崩れる。毒の気が出る。まっとうに掘れる者がいなくなった。だから、みんな掘るより奪うほうを選んだのさ」


 坑道。──俺は街道の途中で視た、あの荒れた坑道を思い出した。青い筋の走った鉱石。奥に眠る、大きな鉱脈。


「あの坑道を、また掘れるように……?」


「掘れるもんならね」


 ハイデは肩をすくめた。


「でも、あの山に入れる者は、もう一人しか残っちゃいない。気難しくて偏屈で、誰とも組まない男さ。……ノア、って言うんだけどね」


 ノア。


 俺はその名前を、胸のなかで繰り返した。


「その人に、会えますか」


「会うだけならね。話を聞くかどうかは、あの男しだいさ」


 ハイデはまた秤を拭きはじめた。


「せいぜい、嫌われないようにするこったね」


 俺は外れの山のほうを見た。


 朝もやの向こうに、低い山の影があった。あの山がこの街を食わせていた。そして今は荒れて、誰も近づけない。


 明日、その山を知る男に会いに行く。

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