第198話 無法の洗礼
男は三人だった。
どれも図体が大きい。よれた革の胴着に、腰には無造作に短刀を差している。顔つきは昨日の荒くれと同じだった。働いてはいない。人を値踏みして暮らしている者の顔だ。
真ん中の男が、にやりと笑った。
「見ない顔だな」
凄むというより慣れた口ぶりだった。同じ台詞を毎日何十人にも言ってきたのだろう。
「よそから来たろう。荷馬車が三台。護衛は女が一人か。……いい荷を積んでるじゃねえか」
男の目がヴィオラさんの荷馬車をなめるように這った。品を見る目ではない。金に換えたらいくらになるか、それだけを勘定する目だった。
「この街を通るなら筋ってもんがある」
男は手のひらを上に向けた。
「あいさつの銭だ。よそ者はまず顔役に礼を尽くす。それがこの街の決まりでな」
顔役、という言葉に嘘の匂いがした。この男が誰かの名代だとは思えない。ただよそ者を見つけては銭をせびる。その口実に顔役の名を借りているだけだ。
フィオナさんの手がすっと槍の柄にかかった。
その瞬間、三人の男の気配が変わった。にやついた顔の奥で目だけが冷たくなる。腰の短刀。それだけではなかった。路地の陰にもう二人。屋台の裏に一人。──囲まれていた。いつのまにか。
「よせ、フィオナ」
ヴィオラさんが低く言った。
そして前に出た。慣れた足取りだった。
「悪いね、旅の者でね。決まりを知らなかった。ほら、これで」
ヴィオラさんは革袋から銭をつまみ出し、男の手のひらに落とした。ちゃりん、と音がした。男は銭を目の高さに持ち上げ、陽にかざした。値踏みするように。
俺の目はその銭を勝手に拾っていた。
……削られている。
縁がぐるりと薄く削り取られていた。金貨の縁を削って削りかすを集める。そうやって一枚の金貨から少しずつ金をかすめ取る。よくある手だ。だがここではその削られた金貨が当たり前のように行き交っている。だます側がだました銭で、また銭をせびる。この街では金そのものが、もう痩せていた。
俺は何も言わなかった。言う場ではなかった。
男は銭の枚数を数え、鼻を鳴らした。
「……足りねえな。荷馬車三台分にしちゃ安すぎる」
欲を出したのだ。荷を見てもっと搾れると踏んだ。ヴィオラさんの眉がわずかに動いた。
「これが相場だろう。よそでもこれで通してきた」
「ここはよそじゃねえ。門の街だ」
男が一歩踏み出した。路地の陰の二人もじりと間を詰める。空気が張りつめた。フィオナさんの手が槍を握り直す。俺は、まずいな、と思った。ここで刃を抜けば囲まれている。三対六。しかもまわりの誰も助けない。この街では目をつけられた者が悪いのだから。
現に、人の流れは止まらなかった。俺たちを囲む輪のすぐ外を、荷を担いだ者が、子を連れた女が、素知らぬ顔で通り過ぎていく。誰も目を合わせない。関わろうとしない。よそ者が一人搾られるくらい、この街では風景の一部だった。
「──分かった」
ヴィオラさんだった。
声はあくまで平らだった。もう一つ革袋から銭を出す。今度は多めに。男の手に落とす。ちゃりん、ちゃりん。
「これで手打ちだ。荷は売り物でね。傷でもつけられたら、あんたらの取り分も減る。……お互い、そのほうが得だろう」
男はしばらく銭を見ていた。それからにやりと笑った。
「話が分かるじゃねえか、姉さん」
三人は銭を懐にしまい、路地の陰の連中に顎をしゃくった。囲みがするりと解けた。何ごともなかったように男たちは人ごみに紛れていく。獲物を一つ平らげた顔で。
張りつめていた空気がようやくゆるんだ。
「……くそっ」
フィオナさんが槍を担ぎ直した。悔しそうだった。
「なんで銭なんか払うんだ。あんなの蹴散らせばよかったろう」
「蹴散らして、どうなるの」
ヴィオラさんの声は静かだった。
「一人蹴散らせば明日は五人来る。五人蹴散らせば次は用心棒を束にして来る。この街で腕っぷしを見せるのは、いちばん高くつくのよ。あいつらの後ろに誰がいるか分からないうちはね」
フィオナさんはまだ不満そうだった。だが口をつぐんだ。ヴィオラさんの言葉に、旅慣れた者の重みがあったからだ。
俺は去っていく男たちの背を見ていた。
あの削られた金貨。あれで男たちはまた次の店で何かを買うのだろう。痩せた金で。そして受け取った店はそれをまた誰かに渡す。だまし、だまされ、金までもがだましあいの中をぐるぐる回っている。
この街はそういう街だった。
現に、俺たちが宿を探して歩くあいだにも、同じことが二度起きた。よそから来たらしい老いた行商人が、路地の奥へ連れ込まれていく。荷を担いだ若者が、橋のたもとで数人に囲まれ、銭を巻き上げられている。誰も助けない。老人も若者も抗いもしない。慣れているのだ。ここではそれが、通行の銭なのだった。
「レイ」
ヴィオラさんが俺のほうを見た。いつになく真剣な目だった。
「一つ約束して。この街では品のことを、口に出さないで」
「……品のこと、ですか」
「あなたの目のこと。何が本物で何が偽物か。ここでそれを口にしたら──命がいくつあっても足りない。この街は偽物で回っているの。偽物を偽物だと言うことは、この街のみんなを敵に回すことよ」
俺は返事をしなかった。
できなかった、というほうが正しい。
偽物を偽物だと言わない。黙って見過ごす。……それができるなら、俺はきっと追放なんかされていない。あの日、会頭の部屋で、黙っていればよかったのだ。仕入れた品がダメだと、言わなければよかった。でも言ってしまった。見えたから。見えたものを見えないふりはできなかった。
「……善処します」
俺はそう答えた。
ヴィオラさんははあ、とため息をついた。俺の「善処します」がいちばんあてにならないことを、この人はもう知っているのだった。
宿を探して俺たちは人ごみを進んだ。
だますための秤。痩せた金貨。巻き上げる男たち。見て見ぬふりをする人々。──視界に入るもの、そのほとんどが何かをごまかしている。俺の目は歩いているだけで悲鳴を上げつづけた。
これが門の街の洗礼だった。銭を払え。目立つな。見えても言うな。だまされたくなければ、だます側に回れ。そういう掟の街に、俺たちは足を踏み入れた。グラナの検め場を一つ立て直すのとは、何もかもが違った。ここには守ってくれる掟がない。頼れる後ろ盾もない。あるのは、力と、あきらめだけだ。
黙っていろ、とヴィオラさんは言った。
黙っていられるだろうか。俺に。
その答えが出るまでに、半日もかからなかった。
本作は毎日更新中です。ブックマークしておくと更新通知が届きます。続きをお見逃しなく。




