第197話 新天地の門
門の街は、名のとおり大きな門を構えていた。
高い土壁が街をぐるりと囲んでいる。その一角にぽっかりと口を開けた、大きな門。人と、荷馬車と、家畜の群れがその門をひっきりなしに出入りしている。
街道をこれだけ来て、こんなに大きな街を見るのは初めてだった。連合を出てからずっと、粗末な宿場町ばかりだった。だがここは違う。壁の中から、街のざわめきが遠くまで漏れ聞こえてくる。人いきれと、土ぼこりと、家畜と、香辛料の匂いが、門の外まで押し寄せてくる。
門のわきには番人らしき男が数人立っていた。だが荷を検めるでもない。ただ通る者を眺めて、時おりこれはと思う相手に手を出しては通行の銭をせびっている。連合の関所とはまるで違った。あそこの番人は掟のために立っていた。ここの番人は自分の懐のために立っている。
俺たちはその流れに混じって門をくぐった。
中はるつぼのようだった。
大通りの両側に、店がびっしりと並んでいる。露店。屋台。荷を広げただけの商人。呼び込みの声。値切る声。荷車のきしみ。家畜の鳴き声。ありとあらゆる音が、頭の上で渦を巻いていた。
そして、品があふれていた。
穀物の山。干し肉の束。色とりどりの布。革の袋。鉄の道具。焼き物の壺。香辛料の袋。薬草の束。宝石を並べた敷布。──この土地じゅうの品が、ここに集まっている。ヴィオラさんが言ったとおりだ。いちばん人と荷が集まる街。
人の数もけたが違った。肌の色も、身なりも、話す言葉も、てんでばらばらだ。荷を担いだ行商人。着飾った商人。物乞い。すりらしき子ども。天秤棒をかついだ振り売り。そのすべてが一本の大通りに押しこまれて、うごめいている。
だが。
俺の目は歩きながら、勝手に品を拾っていた。
あの穀物の山は、下のほうが湿って芽を出しかけている。あの干し肉は、切り口だけ新しく、中は傷んでいる。あの布は、端しか本物の糸で織っていない。あの薬草は、半分がただの雑草だ。あの宝石は、色を塗ったガラス玉だ。
……ダメな品ばかりだった。
視界に入る品の半分以上が、何かをごまかしている。混ぜ物。水増し。上げ底。まがいもの。歩いているだけで、次から次へと目に飛びこんでくる。あまりに多くて、頭がくらくらした。
グラナで検め場に立っていた頃も、一日に何十という品を視た。だがこれは違う。ここではまっとうな品のほうが珍しい。まがいものが当たり前で、正直な品がまぎれこんだ例外だった。目が拾うのは、ほとんどがごまかしだ。俺の目は悲鳴を上げているようだった。
これが、門の街だった。豊かで、大きくて、そして──どこもかしこも、だましだまされている街。
「すごい人だな」
フィオナさんがあたりを見まわしながら言った。その手はさりげなく、槍の柄に添えられている。にぎやかな人ごみの中で、この人だけが静かに気を張っていた。
「レイ、離れるなよ。この人ごみで、はぐれたら面倒だ。それに──」
フィオナさんは声を低くした。
「あちこちに、柄の悪いのがいる。見張ってるぞ、俺たちを」
言われて、気づいた。
人ごみの中に、働きもせずただ立っている男たちがいた。店の軒先。路地の入り口。橋のたもと。腕を組んで、行き交う人を値踏みするように眺めている。用心棒くずれだ。昨日の三人と同じ目をしている。この街には、あれが、いたるところにいた。
現に俺たちが見ている前で、一人の行商人が路地へ引きずりこまれていった。悲鳴も上がらなかった。まわりの誰も足を止めない。見て見ぬふり。それがこの街の作法らしかった。巻き上げられた者が悪い。目をつけられた者が間抜けなのだ。そういう理屈が、この街を支配している。
強い者が、弱い者を見張っている。誰から巻き上げられるか、獲物を探している。それを止める、役所も、掟も、ここにはない。
そして、その大通りのいちばん奥。
ひときわ大きな建物がいくつも並んでいた。石造りの頑丈な蔵だ。まわりの露店とは格が違う。その蔵の壁に旗が掲げられていた。
金の輪。
その中に、山がひとつ。
昨日、街道ですれ違ったあの紋だった。盟の紋。この街のいちばんいい場所、いちばん大きな蔵を盟が押さえている。この賑わいの頂点に、あの金の輪が座っている。
俺はその旗を見上げた。
なるほど、と思った。この街の富は、あの露店の一つ一つから、少しずつ巻き上げられて、坂を上るように、あの金の輪の蔵へと吸い上げられていくのだろう。だまし、だまされ、巻き上げ、巻き上げられ。その流れのいちばん上に、盟がいる。
「……大きな街ですね」
俺はそれだけ言った。ほかに言葉が出てこなかった。
グラナも、最初はうまくいっていない街だった。だが、こんなではなかった。グラナは、小さくて、貧しくて、それでもまっとうにやろうとしていた。ここは違う。豊かで、大きくて、その豊かさがまるごと、だましあいの上に乗っかっている。
どこから手をつければいいのだろう。
正直、見当もつかなかった。グラナの検め場を一つ立て直すのとは、わけが違う。この街は、あまりに大きくて、あまりに深く、無法に浸かっている。俺の目一つで、どうにかなる相手ではないのかもしれない。
それでも、と俺は思う。大きいから無理だ。深いから無駄だ。そう言って諦めるのはいちばん簡単なことだ。だが、そう諦めた人たちが、この街をこんなふうにしてしまったのではないか。だまされるのが当たり前だと、みんなが諦めた。だからだます者が大きな顔をするようになった。
だが。
この街の、どこかにいるはずだった。
まっとうな商いをたった一人で通している女将が。山の道を掌みたいに知っている探索者が。だまされ慣れた土地のまんなかで、まだ、まっとうを諦めていない人たちが。
このるつぼのような街の、どこかに。
「まずは、宿を探しましょう」
俺は言った。
「腰を落ち着けて、それからこの街のことを知りたいです。……焦ってもしかたないですから」
「そうね」ヴィオラさんがうなずいた。その目はもう、商機を探す商人の目に戻っていた。「わたしも伝手を当たってみるわ。この街で、まっとうな商いをしてる女将。──会ってみたいものね」
俺たちは人ごみの中へ、一歩、足を踏み入れた。
その瞬間だった。
行く手をふさぐように。
数人の男が、俺たちの前にぬっと立ちはだかった。
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