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第191話 前衛の出番

 柄の悪い男が三人。


 先頭の大男が俺の前で足を止めた。腰に長剣。にやにやと笑っている。頭一つぶん、俺より背が高い。


「よう、よそ者。朝から、ずいぶん騒いでくれたじゃねえか。秤がどうの、薬がどうの。おかげで俺たちの商売、あがったりだ」


 後ろの二人もじりと間合いを詰めてきた。一人は革鎧に手斧。一人は短い槍。三方から俺たちを囲むように、じわじわと散らばる。


「この町で商いをしたけりゃ、俺たちに礼を払うのが筋だ。荷を置いていきな。それとも、痛い目を見るか」


 俺はため息をついた。


 こういうやり取りは、連合を出てから初めてだ。連合の内では、少なくとも表向きは、力ずくの巻き上げなんてなかった。役所があった。掟があった。だがここでは、それが白昼堂々と、日向を歩いている。強い者が弱い者から奪う。それを止める者が、どこにもいない。


 まわりの通行人は遠巻きにこちらを見ていた。誰も止めに入らない。関わり合いになるのを避けている。よそ者が巻き上げられる。この町ではよくある見世物なのだろう。目をそらす者もいれば、面白そうに眺める者もいる。助けようとする者はひとりもいなかった。


 これが掟のない土地なのだと思った。困っている者がいても、誰も手を貸さない。手を貸せば次は自分が的になる。だからみんな見て見ぬふりをする。だます者が大きな顔をして、まっとうな者が身をすくめる。そういう土地だ。


 フィオナさんが、俺の前に出た。


 槍を軽く持ち直す。その目が久しぶりに生き生きしていた。旅のあいだ、ずっと退屈そうにしていた人だ。荷馬車の揺れに任せて座っているのが、性に合わないと言っていた。守るものがあるときだけ、この人は楽しそうになる。


「レイ、下がってろ。……あんたは、目を貸してくれ」


「はい」


 俺は一歩下がって、男たちの得物を視た。


 先頭の大男の、長剣。


「フィオナさん。あの剣、根元にヒビが入ってます。刃と柄のつなぎ目。強く振り下ろせば、そこから折れます」


「革鎧の男は左の脇の縫い目が腐ってます。革がめくれて、そこだけ、がら空きです」


「槍の男は穂先の留めがゆるんでます。強く突かせれば、穂が飛びます」


 俺は得物だけでなく男たちの構えも視ていた。先頭の大男は腰が浮いている。振りが大きいぶん隙も大きい。革鎧の男は右足をかばっている。古い傷でもあるのか、踏ん張りがきかない。俺はそれもフィオナさんに伝えた。フィオナさんは前を見たまま、小さくうなずいた。得物の弱いところと、体の弱いところ。二つ分かれば、あとはこの人の間合いだ。


 男たちの顔から、笑いが消えた。


「……なんだ、こいつ」


「ついでに言うと」俺は付け加えた。「その剣も鎧も槍も、みんな粗悪品ですよ。買うとき、だまされてます。ちゃんとした値の、半分も値打ちがない」


 大男の顔が赤くなった。


「舐めやがって……!」


 大男が長剣を振りかぶった。まっすぐ上段から。力任せの大ぶりの一振りだった。


 フィオナさんは避けなかった。逆に踏みこんだ。槍の柄で剣の根元を、下から打ち上げる。俺の言ったつなぎ目。──剣は乾いた音を立てて折れた。刃が宙を舞い、地面に転がる。大男は柄だけを握って呆然と立ちつくした。


 その隙を、フィオナさんは逃さない。槍の石突きが大男の腹にめりこんだ。大男は声もなく膝をつく。


 革鎧の男が横から手斧で来た。フィオナさんは身をひねって斧をかわし、左脇の腐った縫い目へ、槍の柄の先を突きこんだ。革がめくれ、そこだけ守りのない脇腹へ、まっすぐ。男は体をくの字に折って、うずくまった。


 最後の槍の男が突いてきた。フィオナさんは穂先を槍で払う。留めのゆるんだ穂があっけなく柄から飛んだ。男の手にはただの棒が残った。棒を握って立ちすくむ男の足を、フィオナさんは軽く払った。男は尻もちをついた。


 三人が地面に転がっていた。


 あっという間だった。刃を交えたのは、ほんの数手。フィオナさんの槍は一度も空を切らなかった。狙ったところへ狙った通りに、穂と石突きが吸いこまれていった。まわりで見ていた者たちがざわめいた。よそ者が、この町の用心棒くずれを、またたく間に地へ転がした。そんな光景を、この町の誰も見たことがなかったのだろう。


 フィオナさんは槍を担ぎ直すと、つまらなそうに言った。


「弱いな。……得物も、腕も」


 俺は戦っていない。ただ得物の弱いところを教えただけだ。あとはフィオナさんが、全部やった。


 いや、と俺は思い直す。フィオナさんが強いのは本当だ。だが今日は、それだけじゃない。俺の目と、フィオナさんの槍。二つがそろって、初めて三人を退けられた。どちらか一つでは、こうはいかなかった。俺が一人なら、得物のヒビを見ても、どうすることもできない。フィオナさんが一人なら、無駄に打ち合って、手傷を負ったかもしれない。


 ……グラナで、何度もやってきたことだ。俺が見て、誰かが動く。それがいちばん、うまくいく。


 地面の大男が折れた剣を見て、うめいた。


「……この剣、高かったんだぞ。名の通った鍛冶の品だと言われて、なけなしの金で……」


「だまされてますね、それも」俺は言った。「銘だけ立派で、中身は安物です。この町では、殴る道具まで偽物なんですね」


 大男は返す言葉もないようだった。だます側の男さえ、だまされている。この町ではそれが当たり前なのだ。


 俺は逃げていく男たちの背を見ながら、妙な気分になった。あの三人も、もとはこの土地の被害者なのかもしれない。だまされて巻き上げられて、それで今度は自分が巻き上げる側に回った。偽物の剣を握って、よそ者を脅す。だまされ慣れた土地は、だます者までこうして次々に生み出していく。


 悪い奴をひとり叩きのめしても、それで終わりではない。この土地そのものが、そういう仕組みになっている。それを変えるには、殴るのとは違うやり方がいる。俺の目でできることが、何かあるだろうか。


 男たちは、這うようにして逃げていった。


 騒ぎがおさまると、通りの隅から、一人の男がおずおずと出てきた。


 小さな荷車を引いた、行商人らしき男だった。さっきの騒ぎのあいだ、あの三人にたかられかけていたらしい。俺たちが割って入ったおかげで、荷を巻き上げられずにすんだ、という顔だった。


「あ、あんたたち……助かった。あいつらは、この町の用心棒くずれだ。目をつけられたら、普通は終わりだよ」


 男は信じられないものを見るような目で、俺たちを見ていた。


「よそ者が、見返りもなしに、他人のために剣を抜くなんて。……この町じゃ、聞いたこともない」

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