第179話 連合公認
メルダートの本部に呼ばれたのは、久しぶりだった。
文が届いたのは、道化の幕の噂を聞いた翌日だ。理事ロデリックの名で、連合の場に来てほしいと。用件は、書かれていなかった。
俺は少し身構えた。
連合の場。理事直々の呼び出し。──何か、まずいことでもしただろうか。北の鉱石の出どころを、東の山でとれたと偽って売っている。あれが連合の掟に触れたのかもしれない。道中、俺はそんなことばかり考えていた。
フィオナさんが、あきれたように隣を歩いていた。
「あんた、なんでそんな顔してんだ。悪いことしてないだろ」
「いえ。呼び出しって、たいてい良い話じゃないので」
「……ほんと、あんたって人は」
メルダートの本部は、相変わらず大きかった。石造りの広間。高い天井。だが以前来たときとは、空気が違った。追い詰められた張りつめた気配が、消えている。人が、前より軽やかに歩いていた。
広間には、人が集まっていた。
連合の名代ザネッティ。大商人連合の重鎮モラッティ。理事ロデリック。改革派のテオ。銀の徽章のセレネ。それに──ヴァルター・ベッケン。七十を越えた、連合一と言われた老目利き。かつて守旧派に担がれ、いまは改革を認めた重鎮だ。
そうそうたる顔ぶれだった。俺みたいな検品係が、立っていていい場所とは思えない。
ロデリックが立ち上がった。
俺は思わず背を正した。処分でも言い渡されるのかと、身がすくむ。
「レイ殿」
殿、と呼ばれた。検品係が殿と。落ち着かなかった。
「まず、詫びねばならん。はじめ、組合はあなたを裁こうとした。無資格の者が銭を取り、鑑定を僭称している、と。徽章も持たぬ者が目利きを名乗るのは、秩序を乱すことだと。──あのとき組合が向けた刃は、間違っていた」
俺はどう答えていいか分からなかった。
まだ商会で検品をしていたころだ。組合から査察が来た。銀の徽章の令嬢が、俺を無資格だと指さした。あれが、セレネさんだった。いまその人は、理事の隣に静かに立っている。手首に、継ぎ目のきれいな銀の腕輪をして。
「あなたの目は、徽章では測れん」
ロデリックが続けた。
「徽章とは、目利きの格を示す証だ。どれだけの品を見分けるか。それを位で表したものだ。だがあなたの目は、その位のいちばん上のさらに外にある。徽章は、あなたを測る物差しにならん。──むしろ逆だ。あなたの目こそが、徽章が何を目指すべきかを示している」
モラッティがうなずいた。
「組合の新しい仕組みは、あんたの視方をほどいて作られた。しるしの帳面も、外れを見抜く目の育て方も、もとはあんた一人の目から始まっている。連合じゅうの信用が、いま、あんたの目を土台に組み直されつつある。──その土台を、無資格と呼ぶわけにはいかんのだ」
俺には話が大きすぎた。
土台。信用。連合じゅう。──俺はただ、ダメな品をダメだと言ってきただけだ。腐った干し肉。ひびの入った剣。薄めた回復薬。目の前の品が外れているかどうか。それを言う。それだけのことだった。
「そこで」
ロデリックが、一枚の証書を掲げた。
「連合と組合は、あなたを"連合公認の目利き"と認める。徽章の位には、収めない。位の外に立つ、ただ一人の目として。──徽章を持たぬ目利きが、連合に認められる。組合始まって以来、初めてのことだ」
広間が、静かになった。
徽章を持たぬ者が、連合公認になる。はじめのころなら、考えられないことだった。徽章こそが目利きの証で、それを持たぬ者は、まがい物とされた。その壁が、いま、崩れた。俺のために、ではない。品を飾りでなく中身で視る。その当たり前のために、壁は崩されたのだ。
ベッケンが、ゆっくりと立ち上がった。
連合一と言われ、格式のいちばん高いところで生きてきた老目利きだ。かつては「一人の目利きに頼るのは危うい」と、この改革に待ったをかけた人でもある。
「わしはな」
しわがれた声だった。
「長いこと、上等な品しか見てこなかった。外れを見抜く目など、持っておらんかった。七十年、徽章の格だけで生きてきた。……だがこのあいだ、あんたに死んだ種を見せられて、わしには何も見えんかった。恥ずかしい話だ」
ベッケンは俺を、まっすぐ見た。
「その恥を、この歳で知れた。ありがたいことだ。あんたの目は本物だ。徽章の格では測れん。……連合公認、けっこうなことだ。わしが真っ先に認めよう」
連合一の老目利きが、徽章を持たぬ俺を認める。
なんだか現実味がなかった。
みんなが、俺を見ていた。何か言うべきなんだろう。だが俺には気の利いた言葉なんて浮かばなかった。
「……あの」
俺は正直に言った。
「よく、分からないんです。徽章とか、位とか、そういうのは。ただ、品を見て、外れてたら外れてると言う。それだけで。──こんな大げさなことをしてもらうような、たいそうな目じゃないんですが」
誰も、笑わなかった。
むしろその言葉に何人かが目を伏せた。ザネッティが、小さく息をついた。
「その"それだけ"が、できんのだ。連合じゅうの、誰にもな。あんたはそれを分かっておらん。分かっておらんところが、いちばん厄介で──いちばん、信じられるところだ」
俺には、やっぱり分からなかった。
式が終わって広間を出るとき、セレネさんが俺の隣に来た。
「はじめてお会いしたとき、わたしはあなたを裁きに行きました。無資格の者が、鑑定を僭称していると。……あのときのわたしを、殴ってやりたい」
「いえ。セレネさんは、仕事をしただけです」
「そういうところ」
セレネさんはちょっと笑った。それから、少しだけ寂しそうな顔をした。なぜだか、俺には分からなかった。
連合公認の目利き。追放された検品係が、連合に認められた。俺を街から追い出したのは、この目だった。その同じ目が、いま、俺を連合の真ん中に立たせている。人生というのは、分からないものだ。
思い出すのは、あの日のことだ。会頭の部屋に呼ばれ、解雇を告げられた。新しい鑑定士を雇う。検品など誰にでもできる。おまえ一人の給金も馬鹿にならん。そう言われて商会を追われた。行くあてもなかった。ただ流れ着いた先がグラナだった。──あのとき俺を無用と切り捨てた同じ目が、いま連合の証書に記されている。何一つ変わっていないのに。俺は昔もいまも、ただ品を視ているだけなのに。
セレネさんの、寂しそうな横顔。フィオナさんは、広間の外でずっと俺を待っていた。ミレイユさんは、グラナで帰りを待っている。──三人とも、俺には分からないことばかりだ。品のことなら、封を切らずに言い当てられるのに。人の心は、どうしてこう、視えないんだろう。
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