第171話 反対と説得
守旧派の残党は、最後の手に出た。
品を語っては勝てない。種もみの実演で、それははっきりした。だから残党は、品の外で仕掛けてきた。
昨日まで守旧派には頭がいた。レーヴェがいて、オズがいた。いまはどちらもいない。残ったのは古い格式にしがみつく古参ばかりだった。彼らにとって徽章は誇りであり、身分であり、飯の種だった。それが根こそぎ変わろうとしている。焦らぬはずがなかった。
モーザーが、一人の男を伴って評議の間に現れた。
でっぷりとした金の徽章の鑑定士。名は聞いたことがなかった。だがモーザーはその男を「連合でも指折りの徽章の目」と持ち上げた。ベッケンは老いて目が鈍ったのだ、と暗に言った。この男なら徽章の目だけで外れも見抜ける。目利きなど要らぬ。そう示そうとした。
俺は前に似たことがあったのを思い出した。レーヴェがベッケンを担いだとき。徽章の権威で目利きを潰そうとした。あのときと同じ絵だった。ただ担がれる方がベッケンから、名も知らぬ男に変わっただけだ。
台に品が並べられた。今度は残党が選んだ品だった。
男は自信ありげに検めた。絹。宝飾。延べ金。一つずつ等級を読み上げた。よどみなかった。徽章の目は、確かにあった。
モーザーが勝ち誇った顔で広間を見回した。それ見たことか、と。徽章の目があれば目利きなど要らぬ。そう言いたげだった。
だがザネッティが静かに一つの品を差し出した。
「これも、検めていただこう」
それは被害者の一人が持ち込んだ品だった。組合公認の、南の名産と称された織物。この二十年、連合が正価で買ってきた偽りの品。
男はそれを検めた。そして──「上等の南の織物」と読み上げた。
広間がしんとした。
その織物は偽物だった。北の糸を、南に似せたもの。連合じゅうがもう知っている偽り。それを、担がれた"本物の徽章"は上等だと読んだ。外れを見抜けなかった。
二十年の偽りが、目の前でもう一度繰り返された。
俺はその織物を視た。言うまでもなかった。北の糸。染めの赤。芯に金の色が差さない。──だが俺が言うまでもなく、広間の誰もが、もう分かっていた。徽章の目だけでは、この二十年は防げなかった。それを、担がれた男自身が証してしまった。
セレネさんが静かに進み出た。銀の徽章で、その織物の糸をつまむ。「北の糸です。銀の目でも視えます。この方に見えなかったのは目が悪いからじゃない。外れを視るという一手間を、しなかっただけ」。誰かの咳が、やけに大きく響いた。
モーザーの顔が白くなった。
偽の権威は通じなかった。ベッケンを担いだレーヴェと、同じ道をたどった。品の外で仕掛けようが、最後は品に戻ってくる。品は、嘘をつかない。
そのとき、ベッケンが立ち上がった。
ゆっくりと、担がれた男の前へ歩いた。そして、その男の読んだ織物を、老いた手に取った。灯りに透かした。長いあいだ。それから、静かに置いた。
「北の糸だ」
ベッケンは言った。
「昨日の種もみで、わしは思い知った。上を測る目と、外れを見抜く目は、違う。わしの目は、上しか測れぬ。この織物の外れも、わしには見抜けなんだであろう。──担がれて出てきたこの者と、同じだ」
残党が青ざめた。ベッケンが味方でなくなった。いや、はじめから、ベッケンは誰の味方でもなかった。ただ、品の前に正直だっただけだ。
「わしは、徽章を守りたかった」
ベッケンは広間を見回した。
「長い年月、積み上げた信だ。それを、よそ者に崩されると思うた。──だが、崩したのは、よそ者ではない。見ないことにした、わしらだ。偽物を上等と読んで、それに気づかぬふりをした。徽章を汚したのは、徽章を守ると言い張った、わしらのほうだ」
誰も言葉を返せなかった。
「若い者の言う、あの仕組み。徽章と目利きを組み合わせる。──あれが、徽章を守る、ただ一つの道だ。わしは、それを認める。この老いぼれの名に、何ほどの重みもないが」
重みは、あった。
連合一と謳われた、生きた伝説。守旧派の、最後のよりどころ。その人が改革を認めた。もう誰も「伝統が壊れる」とは言えなかった。伝統のいちばん奥にいる人が、それがいちばん守られる道だと言ったのだから。
ベッケンは静かに席へ戻った。その背は、負けた者の背ではなかった。むしろ、長く背負ってきた重いものをやっと下ろしたような背だった。俺はレーヴェの退き際を思い出した。あの人も最後は事実の側に立った。守旧派のいちばん奥にいた二人がそろって、事実に頭を下げた。勝ち負けの話ではなかった。
モーザーたち残党は、まだ何か言おうとした。
だが、もう手札がなかった。妨害は、追い出しの悪あがきで裏目に出た。偽の権威は、担がれた男が二十年の偽りをなぞって崩れた。古い格式を盾に別の座を作ろうにも、外れを見抜けぬ徽章だけでは、連合はもう信じない。──守旧派の手は、すべて出尽くした。そのどれもが、これまでの積み重ねの前に、通じなかった。
被害者の涙。二十年の偽り。実力の差。──全部が、静かに、改革のほうへ重りを乗せていた。
ザネッティが、連合の立会いを代表してひとつうなずいた。連合は見届けた、という顔だった。組合が自ら古い嘘を暴き、被害者に償い、仕組みそのものを直そうとしている。潰せという声は、もう本部の外にも聞こえなくなっていた。
俺は隅の席でそれを見ていた。
俺は何もしていない。ただ、視たものを視たと言ってきただけだ。死んだ種を、死んでると。北の糸を、北の糸だと。それが、いつのまにか、こんなに積み重なっていた。積み重ねたのは、俺じゃない。偽物を掴まされた人たち。裏づけてくれた徽章持ち。正直だった、ベッケンのような人。──その一つずつが、天秤に、重りを乗せていた。俺はただ、その一つめの重りを、そっと置いただけだった。
ロデリックが立ち上がった。
「では、諮る」
その声は静かだった。だが揺るがなかった。
「組合の改革。徽章と目利きを組み合わせた、新しい仕組み。連合の立会いのもとで、これを正式な組合の制度とするか否か。──評議の決を採る」
天秤が、動こうとしていた。
二十年、傾いたままだった天秤が。いま、ゆっくりと、事実のほうへ。
組合が、変わる。
そのはじめの一票が、いままさに投じられようとしていた。
面白かったら、ブックマークで応援していただけると更新の励みになります。




