第170話 徽章をどう変えるか
翌朝、評議はまた開かれた。
昨日の問いは一つに絞られていた。徽章と目利きを、どう組み合わせるか。ベッケンの懸念に答えられるか。広間の空気は昨日より張り詰めていた。連合の立会いも、守旧派の残党も、答えを待っていた。
テオさんが最初に立った。
手には、一枚の紙。ゆうべ、俺たちで夜通し組んだ改革の骨だった。
「まず、徽章はなくしません」
テオさんははっきりと言った。守旧派の席がわずかにざわめいた。
「徽章は、品の等級を読み、保証する証です。それは長く連合の役に立ってきた。なくす必要はない。──ただ徽章には見えないものがある。それを、これまで見ないことにしてきた。だからもう一つの目を組み合わせる」
「もう一つの目、とは」
ベッケンが静かに問うた。
「品の外れを見抜く目です」
テオさんは答えた。
「徽章は、品の良し悪しの"上"を測ります。どれだけ上等か。どんな等級か。──けれど品の"外れ"は測れない。芯の巣。産地の偽り。死んだ種。そこは別の目がいる。等級を読む目と、外れを見抜く目。二つを組み合わせて、はじめて品の全部が視える」
「その、外れを見抜く目とやらは」
ベッケンの声にとげはなかった。ただ、昨日の懸念をもう一度置いた。
「あの検品係、一人のものであろう。一人に頼る制度は危うい。わしはそう言った。答えになっておらぬ」
「なります」
セレネさんが立った。
「外れを見抜く目は、教えられます。わたしは銀の徽章を持っています。でもレイさんの隣で品を視るうちに、少しずつ視えるようになってきた。灯りに透かせば糸が違う。芯に巣があれば重さが違う。産地で作りが違う。──それは天賦の才じゃない。学べる目です」
セレネさんの言葉に俺は少し驚いた。
俺のやってることを、そんなふうに言葉にできるのか。俺にはできない。なんというか、こう、ダメな感じがして、としか言えない。だがセレネさんは俺が感じているものを一つずつ言葉に置き換えていた。
「実際に、お見せします」
テオさんが俺のほうを見た。「レイさん。お願いできますか」
供の者が台の上に品を並べた。麻袋に入った種もみだった。四つの袋。どれも、ふっくらと粒が揃い、見るからに上等な種もみに見えた。
まず金の徽章の評議員が検めた。四つとも上等の等級だと言った。粒が大きく、色つやもいい。文句のつけようがない、と。
次に俺が視た。
……三つはいい。だが一つ。
「この、左から三つめの袋」
俺は言った。
「これは、死んでます。粒は立派です。色もいい。でも芯が死んでる。蒔いても、たぶん芽は出ません。去年の古い種を今年のに混ぜて、艶を出してあります」
広間がざわめいた。
金の徽章の評議員が慌てて袋を検め直した。だが分からない。見た目はどれも上等なのだ。
セレネさんがその袋の種を指でつまんだ。
「……たしかに。割ってみると、芯の色が違う。生きた種は白い。これは、うっすら茶色い。言われて、はじめて分かります」
セレネさんはみんなのほうを向いた。
「これが、役割分担です。徽章の目は、四つとも上等だと読んだ。それは間違いじゃない。粒は本当に上等だから。──でもレイさんの目は、死んだ種を見抜いた。等級を読む目と、外れを見抜く目。二つが揃って、はじめて、この袋を掴まされずにすむ」
ベッケンがその死んだ種を、老いた指でつまんだ。
長いあいだじっと見ていた。連合一と謳われた目で。それから、小さく息を吐いた。
「……わしにも、見えなんだ」
低い声だった。
「上等な種だと、わしも読んだであろう。七十年、品を見てきた目で。──なるほど。徽章の目は上を測る。外れは測れぬ。それは認めよう」
その言葉に広間が静まった。生きた伝説が、自分の目に見えないものがある、と認めた。それは守旧派にとって重い一言だった。
「だが」
ベッケンは俺を見た。
「その外れを見抜く目を、どうやって他の者に教える。お主、どうやって死んだ種が分かった。言うてみよ」
俺は口ごもった。
「……なんというか、こう。持ったときに、軽い感じがして。あと、粒の顔が、ちょっと、くたびれてる感じで」
「顔」
「はい。種の、顔が」
広間がしんとした。誰も、種に顔があるなんて思っていない。俺にもうまく言えない。ただ、視えるものが視えるだけだ。
だがセレネさんが助け舟を出した。
「重さと、艶の深さです。生きた種は水気があって、少し重い。艶が内から出る。死んだ種は軽くて、艶が表っつら。──レイさんの言う"くたびれた顔"は、たぶん、それのことです」
俺はなるほど、と思った。セレネさんの言うとおりかもしれない。俺にはそれが"くたびれた顔"にしか見えないのだけど。
テオさんが紙に書きとめた。
「重さ。艶の深さ。芯の色。──こうやって一つずつ言葉にすれば、教えられる。レイさんの目そのものは、写せません。でもレイさんが視ているものの"しるし"は、写せる。それを徽章持ちが学ぶ。目利きの見方を、組合の全部で身につける」
それは、まったくの絵空事ではなかった。連合の空白を埋めるとき、俺たちはヴィオラさんと組んで、少ない品目で同じことを試したことがある。目利きの見方を"しるし"にして、隊商の者に覚えてもらう。小さな成功だった。それを組合ぜんたいの規模でやる。──土台は、もうあった。
それが改革の骨だった。
徽章は、残す。等級を読み、保証する証として。そこに、外れを見抜く目を組み合わせる。その目は、一人のものにしない。レイの視方を"しるし"にして、各地の徽章持ちに教え、広める。一人に頼らず、しかし外れを見逃さぬ仕組み。──ベッケンの懸念への、答えだった。
俺は隅の席で、なんだか不思議な心持ちだった。
俺がやってきたのは、ただの検品だ。ダメな品を、ダメだと言うだけの。それがこんな大きな話になっている。組合の仕組みを変える話に。──俺にはまだ、うまく飲み込めなかった。
だが話はまだ終わらなかった。
モーザーたち守旧派の残党が、顔を寄せ合っていた。ベッケンが折れかけたいま、このまま改革が通れば、自分たちの古い格式は終わる。品を語っては勝てない。ならば品の外で仕掛けるしかない。その焦りが、次の悪あがきを準備していた。
天秤はまだ、釣り合っていなかった。
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