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第169話 改革の評議会

 改革の評議会は、三日後の朝に開かれた。


 評議の間は、前よりもさらに人で埋まっていた。金や銀の徽章の評議員。連合の立会い。東の名代ザネッティ。壁ぎわには、見習いの徽章持ちまでが詰めかけている。組合が、自分の制度そのものを問い直す。長い歴史で一度もなかった評議だ。誰もがその行方を見に来ていた。


 俺のうしろには、フィオナさんが立っていた。護衛として、ずっとついてきてくれている。剣は入り口で預けさせられたが、それでも離れなかった。物騒な本部の、物騒な評議。あんたには指一本触れさせない。その顔に、そう書いてあった。


 上座に、理事ロデリックが立った。


「本日の議は一つ。組合の、これからについてだ」


 声は広間の隅まで届いた。


「徽章の判が二十年、偽りを見過ごしてきた。そのことは、もう連合じゅうが知っている。ならば組合は変わらねばならぬ。徽章をどう作り直すか。目利きをどう組み込むか。──それを、この場で決める」


 広間がざわめいた。だが、そのざわめきを断ち切る声があった。


「作り直す、とはな。軽々しく言うものではない」


 低く重い声だった。


 いちばん奥の席から、一人の老人が立ち上がった。白い眉。深く刻まれたしわ。金の徽章が胸で鈍く光っている。


 ヴァルター・ベッケン。


 七十をいくつも越えた、金の徽章の大家。連合一の鑑定と謳われた、生きた伝説。表に出ることもめったにないその人が、レーヴェの去った守旧派の、いちばん奥に座っていた。


 俺はこの人を知っている。前に一度、本部の品評でこの人の目を見た。上等な品を値打ちどおりに読む、本物の目だった。ただ、あのとき台に並んだのは値打ちの高い品ばかりで、傷んだ品も外れの品も一つも出てこなかった。ベッケンの目は本物だ。それは、いまも思う。悪く言うつもりはない。


 ベッケンはゆっくりと広間を見回した。


「徽章は、長い年月をかけて積み上げた信だ。祖父から父へ、父から子へ。目利きの技を判に託して受け継いできた。一度の偽りがあったからと、その積み重ねをまるごと捨てるのか」


 誰もすぐには答えられなかった。


「それに」


 ベッケンの目が、隅の席の俺へ向いた。


「聞けば、徽章なき一人の目利きを、制度の柱に据えるという。──危うい。目利きの技は、一人の目に宿るものではない。その者が倒れれば。その者が老いれば。その者がいつか欲に転べば。組合はたった一人に生殺しを握られる。徽章の判は、一人に頼らぬための仕組みだったはずだ」


 その言葉には筋があった。


 俺は返す言葉を持たなかった。ベッケンの言うことは、たぶん正しい。俺一人が視られる品には限りがある。俺が倒れたら。俺がいつか目を曇らせたら。そのとき組合はどうなる。──考えたことも、なかった。


 この人は、俺を潰したいわけじゃない。そう感じた。ただ、品質を守る仕組みが一人の目にぶら下がる危うさを、本気で案じている。それは、俺が検品でいちばん大事にしてきたことと根が同じだった。手を抜いた品を放っておかない。そのために確かな仕組みがいる。──ベッケンの懸念は、敵の言葉じゃなかった。


 だが、その弁に守旧派の残党が勢いづいた。


 レーヴェが去り、オズが消え、頭を失っていた守旧派。ベッケンという生きた伝説が声を上げたことで、古参たちが息を吹き返した。そのうちの一人、金の徽章の肉づきのいい男が、待ってましたと立ち上がった。


「そもそも、だ」


 男は俺のほうを顎で指した。


「なぜ、徽章も持たぬよそ者が、この神聖な評議の間にいる。目利きの真似ごとが少々できるからと、組合の評議に口を出す資格はない。まず、あの男を退席させよ。話はそれからだ」


 それは筋ではなかった。ただの追い出しだった。品を語るのでなく、人を場から締め出す。俺が組合の制度を語る前に、俺の口をふさごうとしていた。


 うしろで、フィオナさんが低くつぶやいた。「……なんだ、あいつ」。俺は小さく首を振って止めた。ここで護衛が凄んでは、相手の思うつぼだ。


 代わりに、テオさんがすかさず立った。


「モーザー殿。退席させて、何が変わりますか」


 テオさんの声は静かだった。


「この評議は、徽章なき目利きをどう扱うかを決める場です。その当のレイさんを退席させて議論する。それこそ、二十年、品を見ずに判を押してきたやり方と同じでしょう。──見たくないものに蓋をする。またそれを、やるんですか」


 モーザーの顔が赤くなった。言い返せなかった。


 そのまわりで、幾人かの徽章持ちが気まずそうに目を伏せた。テオの言葉は守旧派の古傷をまっすぐ突いていた。見ないことにする。それが、この組合を腐らせた病だった。追い出しの悪あがきは、その病をもう一度なぞってみせただけだった。


 ロデリックが場を収めた。


「レイ殿は、わしが立会いとして招いた。退席はさせぬ。──だがベッケン殿の懸念は、もっともだ。一人に頼る制度は危うい。それは、わしも思う」


 ロデリックは広間をぐるりと見た。


「だからこそ問う。徽章と目利きを、どう組み合わせるか。一人の目に頼らず、しかし品の外れを見逃さぬ仕組みを、どう作るか。──それが、この評議で決めることだ」


 広間が静まった。


 潰すか、残すか。その問いはもう終わっていた。組合は残る。問いは次へ進んでいた。どう、直すか。ベッケンの懸念に答えられるか。追い出しの悪あがきでは、何も決まらない。品を、語るしかない。


 連合の側で、ザネッティが静かに腕を組んでいた。その目は、守旧派の悪あがきも、テオの反論も、等しく見ていた。連合は、組合が本当に変われるのかを見にきている。口先だけの取り繕いなら、潰せの声はまた大きくなる。明日、確かな中身を示せなければ。それは、俺たちにも分かっていた。


 俺は隅の席で考えていた。


 ベッケンの言うとおりだ。俺一人では危うい。なら、どうすればいい。俺の視方を、どうすれば一人のものでなくできるのか。──セレネさんが言っていた。あなたの視方を、みんなで学べる形に。あの言葉が、頭の中で静かに転がっていた。みんなで学べる形。それがどんな形なのか、まだ俺にも見えていなかった。だが明日までに、それを言葉にしなければならない。


 評議は明日へ続く。


 徽章を、どう変えるのか。その中身を、いよいよ話す番だった。

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