第153話 組合の品
その男は、身なりのいい商人だった。
絹の上着に、指には金の輪。旅で汚れてはいたが、それでも一目で連合の宝飾を扱う手だれと分かった。あの絹の婦人とは違う。損をして泣いてすがりに来た人ではない。むしろまだ自分の品を疑ってすらいない顔だった。
「グラナの目利きどのに、念のため視てもらいたい品がある。──いやはっきり言おう。値のつけ直しを頼みたいのだ」
商人は台に、黒い布を敷いた。その上に、首かざりを置いた。
みどり色の玉がいくつも連なっていた。どれも透きとおって、光をやわらかく含んでいる。ひと目で高い品だと分かった。玉のあいだには金の細工。留め金には組合の保証の判が小さく刻まれていた。
南の名産。上等。──そう記されていた。
「南の碧玉だ。組合の折り紙つき。買いつけには、家一軒ぶんを払った。これを、南の大家に納める話がまとまりかけている。念のため、連合いちの目利きに検めてもらったと言えれば、先方も安心して大金を出す。──つまり、箔をつけたいのだ。悪く思わんでくれ」
商人は正直だった。俺の目を、自分の品に上等の折り紙をもう一枚重ねる道具くらいに思っている。それはそれで、かまわない。俺は首かざりを手にとった。
◇
玉そのものは、良かった。
濁りがない。ひびもない。中まで澄んだ、上等な碧玉だ。ひとつずつ視ていっても、傷んだ玉は一つもなかった。金の細工もていねいだ。留め金の造りも悪くない。品として、これはまちがいなく上等だった。
だが視ていくうちに、妙な感じがした。
この玉は南の碧玉じゃない。
南の碧玉は日ざしの強い南の谷でとれる。だから緑に金色がわずかに溶けたような、あたたかい色をしている。この玉の緑は、それとは違った。北のほうの、冷たく澄んだ緑だ。作りが違う。育った土地が違う。産地が、札とは違っていた。
悪い玉ではない。むしろ良い玉だ。ただ南の名産ではなかった。
「……この玉、いい玉です。濁りもひびもない。上等なのは、まちがいありません」
商人が満足げにうなずきかけた。
「でも南の碧玉じゃありません。北の玉です。作りが違う。南の名産の値打ちは、この品には、ありません」
商人の顔が固まった。
「……何を言う。組合の判があるのだぞ。南の名産、上等と。連合いちの査定が押した判だ。それを、北の玉だと?」
「判は本物です」
俺はそう言った。留め金の判をもう一度視た。
押された判に、まやかしはなかった。刻みも、形も、まちがいなく本物の組合の判だ。偽物の判を彫ったのではない。本物の判が、南の名産ではない玉に、押されている。
「判は本物です。でも品が札と違う。──北の玉に、南の名産の判が押されているんです」
◇
商人はしばらく、言葉が出ないようだった。
自分の目を疑い、次に俺の目を疑い、それから留め金の判をまじまじと見つめた。連合の宝飾を長年扱ってきた男だ。だからこそ、事の重さがすぐに分かったのだろう。顔から、みるみる血の気が引いていった。
「……ばかな。組合の判だぞ。組合の判が、まちがっていると言うのか」
「まちがい、じゃないと思います」
俺は静かに言った。この違いは、うっかり見落とすようなものじゃない。連合の査定なら、なおさらだ。
「南の玉と北の玉は査定する人が見れば、分かるはずです。それを南の名産だと判を押したなら。──見落としたんじゃなくて、知っていて押したんだと思います」
商人が椅子にへたり込んだ。
「家一軒ぶんだぞ……。組合の折り紙つきだから疑いもせず……」
その声に俺は昨日の婦人を重ねた。娘の嫁入りに、なけなしの銭をはたいた婦人。組合の保証があるから間違いない、と信じた婦人。身なりも、払った銭も、この二人はまるで違う。それでもだまされた形はそっくり同じだった。組合の判を、信じただけだ。
連合の宝飾商といえば目は確かなはずだ。それでもこの男は玉の産地を確かめなかった。確かめる要りようを感じなかったのだ。組合の判が押してある。それだけでこの玉は南の名産だと決まる。連合でいちばん重い判がそう言っている。だから玉より先に判を信じた。宝飾を扱う手だれですら、そうだった。判とはそういうものだ。人に、品を視ることをやめさせる。いちばん重い判ほど、いちばん厚い目かくしになる。組合が長いあいだ守ってきたその重みが、まやかしを隠すのに、いちばん使い勝手のいい布になっていた。
俺はもう一度、首かざりを視た。
視ようと思えば、もっと奥まで視えそうだった。この玉が、どこの谷で掘られ、どんな手を経て、この判を押されるに至ったか。その来し方の影が、玉の奥にうっすらと揺れていた。昨日の絹と同じだ。奥に、何かが沈んでいる。
けれど俺はそこで目を止めた。
そこまで視ると、頭の芯がきしむ。それに、品の昔をあばくのは、俺の仕事じゃない。俺に言えるのは、目の前の玉が、南の名産か、そうでないか。それだけだ。この玉は南の名産じゃない。それで、じゅうぶんだった。
◇
商人が帰ったあと、主任がそばに来た。
昨日の絹を視たときと、同じ顔をしていた。元商会で長年、荷を扱ってきた男の顔だ。
「レイさん。……昨日の絹も、いまの玉も。判は本物で、品が偽物だ。南の名産、と書かれてる」
「ええ」
「商会にいたころ、南の名産ってのは、いちばん高く売れる札でした。その札さえあれば、中身は誰も確かめなかった。──おれ、いやな胸さわぎがするんです。あれもこれも、ぜんぶ同じ手じゃないかって」
俺もそう思っていた。
絹。玉。二日つづけて、同じ形のまやかしが持ち込まれた。どちらも南の名産と偽られ、どちらも本物の組合の判を押されていた。品の種類は違う。だがまやかしの作りは、そっくり同じだ。一人の悪者の思いつきなら、こうはならない。同じ型で、同じ札で、長いあいだ、繰り返されてきた。そういう作りだった。
昨日、俺は思った。婦人の絹は、大きな氷山のほんの一角だと。
今日、その氷山の下から、もう一つ角が突き出てきた。
これは、たまたま紛れ込んだ偽物じゃない。組合の判そのものが、まやかしに使われている。組合が上等と保証してきた品の、そのいくつもが、札とは違う品だったのかもしれない。連合でいちばん重いはずの、あの判が。
俺に視えるのは、目の前の品だけだ。この玉は北物だ。南の名産じゃない。それだけだ。
でもその「それだけ」が二日つづけて指し示すものは、もう一反の絹や、ひと連なりの玉では収まらなかった。組合の権威そのものの、いちばん深いところ。そこに埋まった、古くて大きな嘘。
その影が、静かに、輪郭を持ちはじめていた。
本作は毎日更新中です。ブックマークしておくと更新通知が届きます。続きをお見逃しなく。




