第152話 外から固まる
夏の終わりのグラナは、半年前とはまるで違う街になっていた。
朝の通りに荷車が列をなす。連合じゅうから品が集まってくる。よその街の言葉があちこちで聞こえた。宿は毎晩ふさがり、新しい飯屋が二軒できた。半年前、ここは連合のはずれの小さな街だった。誰も名を知らず、誰も足を止めなかった街だ。それがいまでは、連合の品がいちど通っていく場所になっていた。
俺はいつもの検品場に立っていた。
積まれた荷を一つずつ視ていく。塩の樽。なめした革のたば。よその畑から届いた種もみ。どれも視ればすぐに良し悪しが分かる。良いものは通す。傷んだものはよける。街がどれだけ大きくなろうと、俺のやることは変わらなかった。
「……この樽、内がわが焦げてますね。ダメですね、これ」
俺がそう言うと、若い荷あらための男があわてて樽をどけた。ルカだ。ヴィオラの隊商から回ってきて、いまはグラナで目を鍛えている。
「レイさん。おれ、いまの、ぜんぜん分からなかったです」
「外からは分かりませんよ。叩いた音が、ほんの少しこもってた。焦げた木は、音が湿るんです」
ルカが樽を叩いて、首をかしげていた。まだ聞き分けられないらしい。それでいい。半年前の俺だって、教わったわけじゃない。毎日やっていれば、そのうち耳が勝手に覚える。
昼まで、その調子で荷をさばいた。
◇
午後、坑道の組が戻ってきた。
先頭はフィオナだ。土にまみれた革鎧のまま、大きな麻袋をかついでいる。そのうしろにトーロと若い探索者が二人。みな顔に疲れがあったが、足どりは軽かった。
「レイ! 見てよこれ。奥の間で、こんなの見つけたんだ」
フィオナが袋の口を開けて、中身を検品台にあけた。
石だ。にぶく光る、こぶしほどの石がいくつも転がり出た。土がこびりついて、ただの汚れた岩にしか見えない。だが俺が手にとって視ると、その奥に澄んだ色があった。
磨けば透きとおる。中に濁りも割れもない。上等な玉になる原石だった。
「……これ、いい石ですね。表の土をおとして磨けば、澄んだ緑の玉になります。濁りも、ひびもない。売り物になりますよ」
「やった! な、言ったろ。ただの汚い石じゃないって」
フィオナが得意げに胸をそらした。トーロが横で苦笑いしている。
「こいつが原石だって言い張るもんで、重いのを担いで帰ってきたんだ。あんたが良いって言うなら、担いだ甲斐があったな」
月の銀の階層を掘りはじめてから、坑道は宝の山になっていた。金になる鉱石。魔物の甲殻や骨。そして、こういう玉の原石。どれも安全にとれる分だけを、少しずつ運び出す。欲をかいて深く掘れば崩れる。それは前に、身にしみて分かっていた。
俺は原石を一つずつ視て、質の良いものと、そうでないものを分けた。
良い石は連合の宝飾商へ。並の石は近場の職人へ。ミレイユがそれを、街ごとに順番を決めてさばいていく。グラナの坑道からとれる玉は、いまや連合のあちこちで求められていた。半年前、この街の稼ぎは薬草と川魚しかなかった。それが、鉱石と玉と魔物の素材で回るようになっている。
「収入の柱が、また一本増えたわね」
台帳をつけながら、ミレイユがそう言った。声には疲れと、それを上まわる張りがあった。
◇
その晩、ミレイユが文の束を検品場に持ってきた。
どれも連合のあちこちから届いたものだった。封のろうに、名のある家の紋が押されている。俺には見分けもつかないが、ミレイユには分かるらしい。
「東の交易都市から。西の油の都から。南の薬種の街から。──みんな、あなたと組みたいって言ってきてる」
ミレイユが一通ずつ、名を読みあげていった。
キランの会で会った重鎮のモラッティ。東の名代のザネッティ。半年前、グラナの名など聞いたこともなかったであろう人たちだ。その人たちが、いまはグラナの目利きを連合の柱に据えようと言っている。徽章のあるなしにかかわらず、俺の検めを通った品を連合として保証する。そういう話が、ほんとうに動きはじめていた。
「商会を崩したのもグラナのあの目。連合の空白を埋めたのもグラナのあの目。──連合の偉い人たちは、もうみんなそう言ってるわ。あなたの名前は、あなたの手の届かないところで、勝手に大きくなってる」
「俺は、検品係なんですけどね」
「知ってる。何度も聞いた」
ミレイユが小さく笑った。それから、笑いを引っこめて言った。
「でもね、レイ。外からの形は、もう固まったの。連合の商人も、諸都市の長も、あなたの目を認めた。ここまで来るのに、半年かかった。──だけど、まだ一つだけ、びくともしていないところがある」
「組合、ですね」
ミレイユがうなずいた。
連合の実利は動いた。大商人も、諸都市も、目に見える利のために動いてくれた。だが組合は違う。徽章という古い秤を握って、連合のいちばん奥に居すわっている。その中枢だけが、まだ半年前のまま、俺の目を認めていなかった。認めるどころか、締め出そうとすらしている。
外側の壁は、もう崩れた。残っているのは、いちばん内側の、いちばん古い壁だ。
◇
俺は昼に視た、あの婦人の絹を思い出していた。
南の名産と偽られた、北の絹。本物の組合の判が、偽物の品に押されていた。あれは、たまたま紛れ込んだ一反ではない。同じことが、二十年、連合のあちこちで繰り返されてきたのかもしれない。組合の権威そのものが、その偽りに判を押し続けてきた。
本部のセレネからの文も、机の上にあった。
組合の古い蔵に、産地の記しの消された帳面があるという。損をした人たちの声を集めてほしい、と書かれていた。二十年の嘘の輪郭をつかみたいのだと。連合の外側がどれだけ俺を認めても、その古い嘘に手が届かなければ、組合はびくともしない。
「暴くのは、俺の仕事じゃないんです」
俺は、半分ひとりごとのように言った。
「俺に視えるのは、目の前の品だけです。これは北物だ。南の名産じゃない。それだけ。誰が、いつ、なぜその判を押したのか。人の昔は、品みたいに割ってみることはできない」
「知ってるわ」
「でも」
俺は言葉を切った。ミレイユが待っていた。
「偽りの品が目の前に出されたら。俺は視えたとおりに言います。それだけは、変わりません」
ミレイユが静かにうなずいた。
外から固まった評判は、もう俺の手を離れていた。連合じゅうの人が、俺の名を口にする。それは俺の力ではなかった。ただ、視えたものを視えたと言ってきた。そのくり返しが、いつのまにか、こんな大きな形になっていた。
そしてそのくり返しが、いま、いちばん内側の壁の前まで来ていた。組合の底に二十年埋もれてきた、いちばん古くて、いちばん暗いもの。その前に。
外の壁が崩れれば、次はその内側だ。
俺にはまだ、その壁の向こうが視えなかった。ただ、そこに何かが埋まっている気配だけが、日ごとに濃くなっていた。
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