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第15話 倉庫番の値段

 ガロさんの「納得」は、五日目の朝に出た。


「持っていけ」


 それだけ言って、老人は布包みを六つ、台の上に並べた。短剣四振りに剣二振り。約束の、二度目の荷だ。


 その横に、もう一つ。大きな円い包みが置いてあった。


「これは?」


「ついでだ」


「ついで」


「鉄を延べてたら、盾の形が見えた。だから打った。それだけだ」


 布を開くと、鈍い銀色の丸盾が出てきた。飾りはない。だが持ち上げて驚いた。見た目の半分も重くない。なのに芯の詰まり方が尋常ではない。


「……いい盾です。これは、割れません」


「だろうよ」


 ガロさんは火の方を向いたまま言った。


「赤毛の嬢ちゃんに、買えるかと聞かれてな。値はミレイユと相談しろ」


 ◇


 盾は、その日のうちにフィオナの腕に収まった。


「ちょっと! 何これ! 軽い! 軽いのに硬い!」


 彼女は裏庭でドニ相手に散々打ち合わせたあと、盾を抱きしめた。


「給金の三月分だけどね」


「安い! 一生使うもん!」


「言ったわね。なら盾の買い替え積み立ては今日で没収よ」


「ぐっ……いい! 後悔してない!」


 フィオナは盾を構えたまま、俺の前でくるりと回ってみせた。


「どう? 似合う?」


「はい。何より、もう割れる心配をしなくていいのが」


「……あんたのそういうとこ、もう諦めたわ。うん。最高の褒め言葉ってことにしとく」


 彼女は笑った。あの土下座の日とは別人みたいな、いい顔だった。


 ◇


 近ごろ、ギルドの受付に妙な行列ができる。


 依頼人の列ではない。手に手に品物を提げた、街の人の列だ。


「うちの鍋、まだ使える?」


「この薬、子どもに飲ませて平気かね」


「嫁入りに持たせる箪笥なんだけど」


 始まりは市場での立ち話だった。買い物帰りの誰かに聞かれて答えた。それを見ていた別の誰かが、翌日ギルドに品物を持ってきた。それが、続いた。


「目利き相談、一件につき銅貨五枚。本日より正式メニューです」


 ついにミレイユが受付に木札を下げた。


「お金を取るんですか? 見るだけですよ」


「その『見るだけ』に、皆がお金を払いに来てるのよ。タダ働きは駄目。あんたの目の値段を、ちゃんと街に覚えてもらうの」


 初日の相談は十四件だった。


 鍋は二つ直しに回し、薬は一つ弾いた。箪笥は良い品だったと伝えたら、依頼主の婆さんはなぜか泣いた。


「死んだ旦那が選んだ箪笥でね。安物だって、ずっと親戚に笑われてたのよ」


「いい木です。木目が素直で、継ぎも丁寧です。あと五十年は保ちます」


「……五十年ねえ。あの人ったら、自分の目だけは確かだって言い張ってたっけ」


 婆さんは銅貨五枚の倍を置いていこうとして、ミレイユと長いこと押し問答になっていた。


 夕方には井戸組合の衆が来て、町内の井戸替えの前に水を視てほしいと言った。


「井戸ですか」


「あんたが平気だと言や、皆が安心して使えるからよ」


 水を視るのは検品場でもやっていた。同じことをしているだけなのに、ここでは皆が「ありがたい」と言う。


 不思議な街だ。


 相談の列には、商いの人も混ざるようになった。


 市場のポーション屋の主人は、自分の店の品を抱えて来た。


「うちの仕入れ、全部視てくれ。銅貨五枚どころか、銀貨を払う」


「全部で七本ですね。……五本はいい品です。この二本は薄めてあります。仕入れ先を変えた方がいいです」


「やっぱりか! あの卸め」


 主人は薄い二本を握りしめて帰っていった。


 次の週から、あの店の棚には薄めた薬が一本もなくなった。俺が何かをしたわけではない。主人が仕入れを変えただけだ。


 それでも市場では「ギルドの目利きが視た店」という言い方が広まり始めているらしい。


 ミレイユいわく「あんたの目が、市場の品物を勝手に底上げしてる」のだそうだ。


 大げさだと思う。


 ◇


 その夜、ミレイユが机に紙を一枚置いた。


「雇用の書き換え。読んで、ここに名前を」


 臨時雇いの倉庫番。最初の契約はそうだった。


 新しい紙にはこうある。


『グラナ冒険者ギルド職員 鑑定役 レイ』


「鑑定役って、そんな役職あるんですか」


「今作ったの。給金は今の倍。そのかわり沢の石の検めと、目利き相談と、買い取りの立ち会いは全部あんたの仕事。文句ある?」


「ありません。ただ」


「ただ?」


「俺は組合の徽章を持っていないので、鑑定士とは名乗れません」


「だから『鑑定役』。うちのギルドの中だけの役職名よ。中の名前にまで、誰に遠慮がいるもんですか」


 ミレイユは筆を差し出した。


「言っとくけど、温情じゃないわよ。あんたが来てからうちの帳簿がどう変わったか、数字で全部説明できるんだから。これはその、正当な値段」


 値段。


 検品場で六年、俺の給金は新入りの小僧と同じだった。誰でもできる仕事だから、と。


 俺はそれを、当然だと思っていた。


 筆を取ると、なぜか少しだけ手が重かった。書き終えた名前は、我ながら不格好だった。


「はい、成立」


 ミレイユは契約書を胸元でひらりと振った。


「これからもよろしく。うちの鑑定役」


「こちらこそ。よろしくお願いします、ギルド長」


「ん。……ねえ、レイ。一個だけ聞いていい?」


「はい」


「最初の日。あたしが半信半疑で雇ったの、気づいてた?」


「はい。倉庫番の口で雇うには、給金の提示が安すぎたので」


「うっ。そこで分かるのやめてよね」


 ミレイユは苦笑して、それから少しだけ声を落とした。


「でも、雇ってよかった。あの日のあたしを、褒めてやりたいくらいよ」


「俺も、雇われてよかったです」


 自分のやってきたことに値段がつく日が来るとは、思っていなかった。


 悪くない気分だった。たぶん、これがそうなのだと思う。居場所というのは。


 ◇


 数日後の昼、バッソさんの荷馬車がギルドの前に停まった。


「キランの婆さんから、代金と言伝だ」


 革袋は前より重かった。言伝は短かった。


『質は落ちていない。合格。次も同じ数を頼む。それと選り分けの若いのに伝えな。あんたの目は鈍っちゃいない、と』


「合格ですって。レイ、聞いた?」


 ミレイユの声が弾んだ。


 だがバッソさんは、いつもの笑いを浮かべていなかった。


「それとな。土産にしちゃあ嫌な話が、もう一つある」


「何よ」


「街道で抜かれた。商会の荷馬車の列だ。数えて三十と二両。全部、グラナ行きの旗を立ててやがった」


「三十二両……?」


「うちの隊商の三月分の荷が、ひと列で来てる勘定だ。安売りでもやる気だろうよ。──気をつけな、ギルド長さん。あの商会、今度は本気でこの街に来るぜ」


 ◇


 グラナ街道。


 荷馬車の列の先頭、幌の中で、ゲルツは揺られていた。


 膝の上の帳面には品名と売値がびっしり並んでいる。どれもグラナの市場の相場を、二割から四割下回る数字だ。


「さて」


 街道の先に、街の門が見えてくる。


「商いの王道と参ろうか」


 ゲルツは笑った。


 波が、来る。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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