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第149話 気づく者たちの会

 キランは連合の中ほどにある、大きな街だった。


 石畳の広い通り。塔のある会所。人の身なりも、グラナとはどこか違う。連合じゅうの富が、この街に集まってくるのだと、ひと目で分かった。


 その会所の一室に、名のある人たちが集まっていた。


 上座に、モラッティという老人がいた。大商人連合の重鎮。連合の富の半分は、この老人のひと言で動くと言われている。その左右に、諸都市から来た長や名代がずらりと並んでいた。見知った顔もある。東の交易都市の名代、ザネッティ。いつぞや藍の淡い織物を視た相手だ。


 ミレイユはその末席に着いた。


 俺はさらに後ろの壁ぎわの椅子に座った。品を視る係だ。呼ばれれば視る。呼ばれなければ、黙って座っている。それでいい。


 ミレイユの背が、いつもより硬かった。


 連合の富を動かす人たちを前に、グラナという小さな街のギルド長がたった一人で座っている。半年前なら、この部屋の敷居もまたげなかっただろう。その重さを、ミレイユは背中いっぱいに背負っているらしかった。俺は後ろから、その背をただ見ていた。


  ◇


 モラッティが口を開いた。


「今日、諸君に集まってもらったのは、ほかでもない。グラナの目利きのことだ」


 しわがれた、けれどよく通る声だった。


「商会が崩れ、連合の信用に大きな穴があいた。その穴を、いったい何が埋めたか。徽章ではない。組合でもない。──グラナの、あの検品係の目だ。諸君も、身にしみて分かっているはずだ」


 部屋の空気が少し動いた。


 末席の一人が、身を乗り出した。南の薬種の街から来た、名の知れた薬種商だった。


「話は聞いている。だがわしはこの目で見ねば信じぬたちでな。──ひとつ、試させてもらってよいかな」


 薬種商は懐から三つの小さな包みを取り出した。


 どれも同じ薬草に見えた。同じ色。同じ乾き具合。ほどいた匂いまで、よく似ていた。


「この三つ、どれも同じ熱冷ましの根だ。値も、格も、同じでとおる。──さあ、目利きどの。何か違いが、視えるかね」


 試すような声だった。皆の目が俺に集まった。


 俺は後ろの席から立って、三つの包みに近づいた。手にとって順に視ていく。


 一つめ。良い根だ。中まで薬の力が通っている。効く。


 二つめ。表は同じ。だが中の力が抜けていた。古い。三年、いや四年は寝かせすぎている。飲んでも湯を飲むのと変わらない。


 三つめ。これは質が悪い。同じ根を粉にして、安い別の根を混ぜてかさを増している。半分は、熱冷ましですらなかった。


「……二つめは古くて効きません。三つめは混ぜ物です。本物は、この一つめだけですね」


 薬種商の顔から笑みが消えた。


「……当たりだ。全部、当たりだ。二つめは、わしが十年寝かせて効きの抜けた失敗作。三つめは、市場でつかまされた混ぜ物。──封も切らず、匂いも嗅がず、ただ見ただけで。徽章持ちでもこうはいかん」


 薬種商は深くうなずいて、席に戻った。


 ヴィオラが口を開いた。


「わたくしが、証しましょう」


 大商人連合の実力者、ヴィオラ・ダンスク。かつて商会の穴を横取りしようとして、痛い目を見た女だ。いまは、違う。


「わたくしはかつて、この目利きを出し抜こうとして、大やけどを負いました。徽章持ちを雇い、抜き取りで検めて安く早くと売りさばいた。結果は、返品の山。連合じゅうの信用を、失いかけた」


 ヴィオラは皆を見回した。


「抜き取りでは、芯が視えぬ。一つずつ、全部を視る。それができるのは、この男だけです。情でも義理でもありません。数字の話です。グラナの検めを通した品は、外れが出ない。だから高く売れる。──それだけのことです」


 モラッティが深くうなずいた。


「そこでだ。わしは、こう考えている。グラナの目利きを、連合の信用の柱に据える。徽章のあるなしにかかわらず、この男の検めを通った品を連合として保証する。──組合の徽章とは、別の物差しをな」


 部屋がざわめいた。


 徽章とは別の物差し。それは、組合の権威を、連合が飛び越えるということだった。


 ザネッティが静かに言った。


「組合は、黙っておりますまい。徽章こそ連合の信用、と言い張ってきた者たちだ。連合が徽章を飛び越えれば、組合の面目は丸つぶれ。──あの静かな長老あたりが、必ず何か仕掛けてまいりましょう」


 モラッティがうすく笑った。


「仕掛けてくればよい。そのときこそ問うてやる。──では、なぜ組合の宝が、偽物だったのかと」


 モラッティがミレイユのほうを向いた。


「グラナのギルド長。あなたがたは、どうお考えかな。連合が後ろ盾につけば、グラナは連合いちばんの街になる。望むところ、であろう」


 ミレイユが立ち上がった。


 背は、まだ硬かった。けれど声は震えていなかった。


「ありがたいお話です。ですが、一つだけ、譲れないことがあります」


 ミレイユは部屋じゅうの目を受けて、まっすぐに言った。


「グラナの目利きは、金でも力でも買えません。誰かの後ろ盾になって、その人の品だけを通す。そういう目には、しません。どの街の品も、順番に同じように視る。それを崩したら、この目利きの値打ちは、その日で終わります。──連合の保証にするなら、その一本を、守っていただきたい」


 部屋が静まった。


 モラッティがしばらくミレイユを見つめた。それから笑った。


「……よい度胸だ。金で転ばぬ、と言い切ったな。むしろ、それでこそ信用の柱になる。──いいだろう。その一本、連合が守ろう」


 ミレイユが深く頭を下げた。その背から、来るときのこわばりが、すっと抜けていた。


 俺は後ろの席で、その様子を見ていた。


 薬草を視ただけだ。二つめは古い。三つめは混ぜ物。本物は一つめ。いつもどおり、視えたものを視えたと言った。それだけだ。なのに、その「それだけ」のまわりで、連合の富を動かす人たちが徽章を飛び越える相談をしている。


「俺はただの検品係なんですけど」


 思わずそうつぶやいた。


 隣に来ていたヴィオラがくすりと笑った。


「その『ただの検品係』のために、連合の重鎮がわざわざ集まっているのよ。──いいかげん、慣れなさいな」


 俺にはやっぱり、慣れられそうになかった。


  ◇


 帰りの道で、ミレイユがぽつりと言った。


「モラッティさまの、あのひと言。──組合の宝が、なぜ偽物だったのか。あれ、ただの脅しじゃないわ。連合の重鎮は、もう気づき始めてる。組合の権威の足もとに、何か古い嘘が埋まっているって」


 俺はあの首飾りを思い出した。


 安石を火で染めた、偽物の宝。組合が二十年、上等と保証してきた品。あれは、たまたま紛れ込んだ一つではないのかもしれない。視えたから、視えたと言った。ただそれだけのことが、組合のいちばん深いところに埋まった何かを、静かに掘り起こそうとしていた。


 その何かが、次にどんな形で表に出てくるのか。


 俺にはまだ、視えなかった。

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