第146話 新資源の波紋
次の朝、俺はガロの鍛冶場へ行った。
炉の前で、ガロが待ち構えていた。その手に、一振りの小刀。青白い刃が朝の光をはじいてひやりと光っていた。
「見ろ、レイ。あの青い金属で打った。──おれの五十年で、こんな鉄は触ったことがねえ」
俺は小刀を受け取った。
軽い。驚くほど軽い。なのに刃を指の腹でそっと確かめると、おそろしいほどの硬さが伝わってくる。刃こぼれ一つない。錆の気配もない。鉄なら必ずどこかにある濁りや歪みがこの刃にはまるでなかった。
「……すごいですね、これ」
俺の口からめずらしくそんな言葉が出た。
いつもは、悪いところを探す仕事だ。傷んだ品。混ぜ物。まやかし。それを見つけては「ダメですね」と言う。けれどこの刃には、探しても探しても悪いところが一つもなかった。軽く、硬く、錆びない。古い民が宝と呼んだ理由が手のひらから伝わってきた。
ガロが得意げに鼻を鳴らした。
「だろう? だが厄介でな。硬すぎて、おれの鎚が先に音を上げる。こいつを打てる鍛冶は、そう多くねえぞ」
ガロは炉のそばに置いた失敗作を、顎で示した。
途中で折れた刃。うまく延びなかった塊。何度も打ち損じた跡がそこらじゅうに転がっていた。この一振りを打ち上げるまでに、ガロは幾晩も炉の前に立ったのだろう。老いた鍛冶の腕と、古い民の金属。その二つがかみ合って、はじめてこの刃は生まれた。
「素材が、いいだけじゃだめだ」
俺は正直にそう思った。
「これを打ったのは、ガロさんの腕です。同じ金属を渡しても、打てない鍛冶のほうが多い。──いい素材と、いい腕。両方そろって、はじめて、こういう刃になる」
「ふん。世辞は、いらねえよ」
そう言いながら、ガロの口の端はゆるんでいた。
◇
月の銀の小刀は、たちまち噂になった。
いちばん早く動いたのは、ヴィオラだった。
小刀を一目見るなり、その値打ちを見抜いた。軽くて硬くて錆びない金属。武具にも、道具にも、飾りにも使える。しかも掘れるのはグラナの坑道だけ。連合じゅうを探しても、ほかにない。
「これは化けるわ」
ヴィオラの目が久しぶりに商人の光を帯びた。
「亀の沢の青い石どころじゃない。月の銀は、連合を動かす。──でも安心して。囲い込もうとは思わないから。わたくしは運ぶだけ。あなたがたが掘って、あなたがたが値を決める。わたくしの隊商がそれを連合の隅々まで届ける。それでいいのよ」
足はわたくしが。目はあなたがたが。
ヴィオラはその線を、いまもきっちり守っていた。
◇
ひと月もしないうちに、諸都市から使いが列をなした。
なかには、半年前、グラナを鼻で笑っていた街もあった。
商会が幅を利かせていたころ、グラナは連合の隅の名もない小さな街だった。大きな街の商人は、グラナの品など見向きもしなかった。それがいま、こぞって使いを寄越してくる。月の銀を分けてほしい。グラナと手を組みたい。そう言って頭を下げてくる。
力の向きが、すっかり変わっていた。
半年前、この街を切り捨てた者たちがいた。もう終わった街だと、笑った者たちがいた。その同じ口が、いまは、組ませてくれと言う。恨みごとを言うためではない。ただ事実として力の傾きが逆さになっていた。
ミレイユはそのすべてに、同じ返事をした。
「順を追って。どの街とも、同じように」
高く積んだ者を先にもしない。声の大きい者を先にもしない。早い者から、順に。その一本の筋を、ミレイユは決して曲げなかった。囲い込ませず、焦らせず、ただ順番だけを守らせる。それがいちばん、この街の値打ちを静かに高くしていった。
なかには、金貨の詰まった袋を先に積んで、順番を飛ばそうとする商人もいた。
ミレイユはその袋を、そっと押し返した。
「グラナは、金で順番を売りません。それを一度でも許せば、この街の目利きは、金で買えるものになる。──そうなれば、うちの値打ちは、その日で終わりです」
押し返された商人は、はじめは不服そうな顔をした。だがやがてそれがこの街の芯なのだと悟ると、かえって深く頭を下げた。買えないものだからこそ、欲しくなる。ミレイユはそのことをよく分かっていた。半年前、台所事情に押しつぶされそうだった苦労人の受付は、いつのまにか、連合の大商人を相手に一歩も引かぬ交渉役になっていた。
◇
俺はその騒ぎを少し離れたところから見ていた。
俺のやっていることは、半年前と何も変わっていない。
傷んだ品を「ダメですね」と言う。良い品を「これは本物です」と言う。坑道で危ないところを「危ない」と言う。それだけだ。なのにその「それだけ」のまわりで、街が大きくなり、金属が掘り出され、遠くの商人が頭を下げにくる。
俺はただの検品係のはずだった。
半年前、荷運びの下働きにも数えてもらえなかった、ただの検品係。それがいつのまにか、連合じゅうの街を動かす真ん中に立っている。自分で動いた覚えは少しもない。ただ視えたものを、視えたと言ってきただけだ。
うれしい、というのとは、少し違った。
街が栄えるのは、いいことだ。ガロの鎚に張りが戻り、トーロの坑道に活気が満ち、ミレイユの肩の荷が少しずつ軽くなっていく。それは、素直にうれしい。けれど俺の名だけが、俺の手の届かないところで、ひとりでに大きくなっていく。その大きさが、いつかこの街の誰かに、あらぬ火の粉を降らせやしないか。そんな心細さが、栄えていく街の隅でふと胸をかすめた。
◇
月の銀の噂が連合を駆けるころ、本部から一通の文が届いた。
差出人は、テオ・ハルク。銅の徽章の、あの若い評議員だ。
文には、こう書かれていた。近く、評議会で一つの決まりが諮られる。徽章を持たぬ者の目利きは、連合の正式な保証とは認めない、という決まりだ。グラナがこれほど連合で力を持つのを、守旧派はもう見過ごせなくなっている。気をつけてほしい、と。
俺は文を二度読んだ。
坑道の底では、視るべきものは、はっきりしている。崩れる岩。毒の気。本物の鉱脈。──けれど地上では、俺の知らないところで、俺の名がいくつもの盤の上を転がっていく。掘れば掘るほど。視れば視るほど。俺という石はだんだん大きくなって、誰かにとってじゃまなものになっていくらしい。
次に本部で待っているのは、どんな検めなのだろう。
俺にはまだ分からなかった。
面白かったら、ブックマークで応援していただけると更新の励みになります。




