第135話 検めの決
検めの日が来た。
評議の間は、これまでで最も人が多かった。徽章持ちが半円の席を埋め、壁ぎわには見習いから古参まで詰めかけた。上座にレーヴェ。向かいにロデリック理事。その隣に大家ベッケンの席があった。
俺は、広間の真ん中に立たされた。
セレネとテオが斜めうしろに控えていた。フィオナは壁ぎわで腕を組み、こちらをじっと見ていた。
最後の検めだった。
ここで俺の目が本物と認められるか、偽者と裁かれるか。組合の決まりが、この一日で何かしらの形を取る。そういう場だった。俺は正直、緊張していなかった。やることはいつもと同じだ。品を視て視えたものを言う。それだけだった。
◇
今日の検めは、これまでとは違った。
ベッケンが、自ら役を買って出たのだ。
火紅石の一件で自分の目の限りを皆の前で認めた老人だ。誇り高い大家が、なぜまた検めの席に立つのか。広間の誰もが、いぶかしんでいた。
ベッケンは、白い眉の下から、静かに俺を見た。
「目利きの男よ。先日はわしの負けだった。安石を上等と読んだ。値は読めても、石の正体は視えなんだ。──だが今日は、お前を試すのではない。お前の目とわしの徽章が、何が違うのかを皆に見せたい」
供の者が、台に品を並べた。
今日は十品。ベッケンが念入りに選んだものばかりだった。ベッケンが先に一つずつ等級をつけ、そのあとで俺が視る。二つの見立てを広間の皆で見比べる。そういう趣向だった。
一品めは、銀の杯。
ベッケンが手に取り、灯りにかざした。
「銀の純度は上の中。打ちの腕は上の上。値にして金貨二十枚。──上の上だ」
俺は、同じ杯を受け取った。
手のひらで重みを測る。底を返して、合わせ目を視る。
「等級はベッケンさんの言うとおりです。上等な銀です。打ちの腕も一流だ。──ただ一つ。底の合わせ目に、ごく細い継ぎがあります。使ってすぐ割れるものじゃない。でも十年使えば、ここから漏れます。今は上の上で間違いありません」
広間が、小さくどよめいた。
ベッケンが、底の合わせ目を食い入るように見た。それから、深くうなずいた。
「……たしかに、ある。わしは見落とした。だが等級の見立ては、二人とも同じだ。──分かるか、皆。徽章の目は値と格を読む。この男の目は、その先の品の行く末まで視る。二つは争うものではない。重ねれば、より確かになる」
俺は、少し驚いた。
この人は俺を負かそうとしているんじゃない。俺の目と自分の徽章を、並べて見せようとしている。徽章と俺の目は争うものじゃない。俺がずっと思ってきたことを、この老人は皆の前で形にしてくれていた。
◇
検めは、十品すべて済んだ。
等級の見立ては、十品のうち八品でベッケンと俺で一致した。残る二品。俺は、隠れた継ぎと染めの跡を見つけた。ベッケンは、それを認めた。徽章の目と俺の目。重なる部分と補い合う部分が、皆の前ではっきりと示された。
評議の間が、静まり返った。
徽章持ちたちの顔から、最初のころの敵意が薄れていた。徽章なき目を偽者と笑う者は、もういなかった。かといって、この男に組合の徽章を渡せと言う者もいなかった。皆、宙ぶらりんの場所で答えを探していた。
その沈黙を破ったのは、ロデリック理事だった。
「皆に、諮りたい」
理事が、ゆっくりと立ち上がった。
「この男の目が本物であることは、もう誰の目にも明らかだ。連合の商いが現にこの目を頼っている。それも事実だ。──だが、徽章のない者に徽章持ちと同じ権を与えれば、組合の根が揺らぐ。それを案じる声も、もっともだ」
ロデリックは、半円の席をぐるりと見回した。
「ならば、こうしよう。──この男の目利きを、組合は『暫定の見立て』として認める。ただし、その見立てには徽章持ちの裏書きを一つ添える。徽章の格づけと、この男の目。二つがそろって初めて組合の検めとする。どちらか一方では足りぬ。両方で確かにする」
広間が、ざわついた。
それは、どちらの全勝でもなかった。
徽章なき目を、いきなり徽章持ちと同じにはしない。守旧派の顔は立つ。けれどその目を偽者として捨てもしない。改革派が確かに一歩進む。徽章と目を、争わせず重ねる。ロデリックの案は、ベッケンが検めで示したものを、そのまま決まりにした形だった。
「わしは、賛成だ」
ベッケンが、すぐに声を上げた。
「今日、皆も見たはずだ。徽章と、この男の目。重ねればより確かになる。組合の検めが、より間違えなくなる。それは、組合の損ではない。得だ」
テオが、続いた。
「銅の徽章として、私も裏書きの役を引き受けます。この男の見立てに私の徽章を添える。喜んで」
セレネが、銀の徽章に手を当てて静かにうなずいた。父の案に娘が応えた形だった。
◇
上座のレーヴェは、長いこと黙っていた。
白い長衣の老人は、半円の票が固まっていく音を聞いていた。守旧派の何人かが、ベッケンに引かれて理事の案へ傾いた。連合の文の重みに、迷っていた者たちがここで動いた。過半は、もう理事の側にあった。
レーヴェは、それを正しく読んだ。
ここで全面に逆らえば、組合が割れる。割れれば自分の足元も危うい。引くべきところは引く。それが、長く盤上を生きてきた者の流儀だった。
「……理事の案で、よかろう」
レーヴェが、低く言った。
「暫定の見立て。徽章持ちの裏書きを条件とする。──ただし、これは暫定だ。組合の根の決まりを変えたわけではない。それを、皆、忘れぬように」
最後の一言に、刺があった。
全部を認めたわけじゃない。ここまでだ、と線を引く声だった。改革派の一歩を認めるかわりに、その先へは進ませない。レーヴェは、負けを引き分けに変えて退いた。
俺には、その駆け引きの細かいところは分からなかった。
ただ、これだけは分かった。今日から俺の目は、組合に「あってもいいもの」になった。偽者ではなくなった。テオやセレネの徽章と並べば、俺の見立ては組合の検めとして通る。
徽章と俺の目は、争わなくてよくなった。
それが、何より嬉しかった。
広間の隅で、フィオナが小さくこぶしを握っているのが見えた。セレネが、ほっと息を吐いた。テオが白い歯を見せて笑った。
けれど上座のレーヴェだけは、笑っていなかった。
冷たい目で、割れずに残った天秤の像を見上げていた。その横顔に、まだ何かが沈んでいた。今日の引き分けの、そのさらに奥に、誰にも触れさせていない何かが。
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