第105話 穴を狙う者たち
その日、グラナのギルドには、見知らぬ商人が四人も来た。
べつべつの街から来た者たちだった。けれど用件は、判で押したように同じだった。
「ぜひ、手前どもと組んでいただきたい」
「目利きの印を、わたくしの店の名で出していただけませんか」
「グラナのギルドごと、手前の傘下に。悪いようにはいたしません」
提携。買収。専属の申し出。仕立てのいい服を着た男たちが入れ替わり立ち替わり、帳場のミレイユに頭を下げた。あるいは頭を下げるふりをして、こちらを値踏みした。みな一様に銭の匂いをさせていた。
帯に下げた飾り。指の太い金の輪。荷を待たせた立派な馬車。どれも相手に自分の大きさを見せつけるための道具だった。話し方も似ていた。まず褒める。次にいかにこちらが得をするかを並べる。最後に、ほんの小さな条件のように、目利きの印を差し出してくれと言う。順番まで、申し合わせたように同じだった。
俺は最初わけが分からなかった。
なぜ急に、こんなに人が来るのか。これまでは、組合の妨害をかわすので精いっぱいだった。それが急に、皆がグラナと組みたいと言い出した。何かが変わったのだ。
「商会の穴よ」
ミレイユが、商人たちを帰したあとで言った。疲れた顔をしていた。
「バルロ商会が消えて、もう何月にもなる。──連合じゅうの品の信用を、長いあいだあの商会が背負ってきた。良い品だと商会が言えば、皆が信じた。その商会が、まるごと無くなったの。誰が品の確かさを保証するのか。誰の名なら、信じていいのか。連合じゅうが、その答えを探してる」
俺は商会のことを思い出した。
会頭の屋敷。たくさんの荷馬車。連合じゅうに張りめぐらされた取引の網。あれだけ大きなものが、まるごと消えた。確かに、大きな穴だった。
「で、穴の埋め手として、いちばん名が通ってるのが」
ミレイユは俺を見た。
「あなたなの。レイ。あなたの目利きの印は、いまや連合いちの信用よ。組合が無効と言おうと、現に当たる。現に外れをはじく。だから皆が、あなたと組みたがる。──あなたの名を、自分の商いに取り込みたいの」
◇
俺はその夜、なかなか寝つけなかった。
昼間の商人たちの顔が、頭に残っていた。みな丁寧だった。みな悪いようにはしないと言った。それでもどこか商会の使者を思い出させた。会頭の使者も、いつも丁寧だった。良い話だと言って、看板だけを借りていこうとした。
翌日も、翌々日も、商人は来た。
なかには、ずいぶん強引な者もいた。
「印を一枚、手前の名で出していただくだけで、銀貨百枚お支払いしましょう」
「ギルドの借金は、もうお済みと聞きました。けれど商いを大きくするには、元手が要る。手前が出します。そのかわり、目利きはすべて手前を通していただく」
銀貨百枚。とんでもない額だった。三年がかりで返した借金が、銀貨四百枚だったのだ。それを、印一枚で。けれどミレイユは、どの話にも首を縦に振らなかった。
「お断りします」
「なぜです。これほどの好条件を」
「うちのレイの目は、銭で貸し借りするものじゃないんです。レイが視たから確かなんであって、お宅の名がついたら、それはもうお宅の保証です。レイの保証じゃない。──同じ過ちは、二度しません」
商人はけげんな顔をして帰っていった。割のいい話を断る者の気が知れない、という顔だった。
その背中を見送りながら、俺は商会のことを思い出していた。あの会頭も最後まで「なぜグラナは旨い話に乗らないのか」と分からないままだった。看板を貸せば楽に儲かる。なのに断る。会頭にはそれが、ただの強情にしか見えなかったらしい。今日来た商人も、同じ顔をしていた。中身より看板を信じる者には、看板を売らない理由が、どうしても飲み込めないのだ。
俺はミレイユの背中を見ていた。
毅然としていた。けれど楽ではなかったはずだ。銀貨百枚を断るのは、商いをする者にとってたやすいことではない。ギルドはまだ豊かではなかった。それでもミレイユは断った。レイの目を、ただの看板にさせないために。
「すみません」
俺は思わず言った。
「俺のせいで、面倒なことに」
「謝らないの」
ミレイユは振り返って、少しだけ笑った。
「あなたの目が、それだけの値打ちになったってことよ。誇ることはあっても、謝ることじゃない。──ただね、レイ。これからは、もっと厄介になる。今日来たような、見え透いた連中ばかりじゃない。もっと頭の切れる人が、もっと上手な誘い方で来るわ。気をつけないと」
◇
市場のほうも、ざわついていた。
商会という後ろ盾がなくなって、品の信用が街ごと商人ごとばらばらになっていた。誰の品を信じればいいのか分からない。だから少しでも名の通った者の保証を、皆が欲しがった。にせの「保証つき」を名乗る者まで出てきた。市場は、信用を巡って、静かに混乱し始めていた。
考えてみれば、奇妙な話だった。商会は悪いことばかりしていた。抜き取りでしか品を検めず、外れを混ぜ産地を偽った。それでも商会という大きな名があるあいだは、連合の品は一応の秩序を保っていた。良くも悪くも、皆が一つの看板を信じていた。その看板が消えたとたん、信じる先を失った人々が、いっせいに迷い始めた。悪い保証でも、無いよりはましだったのか。俺には、それがうまく飲み込めなかった。確かなのは、空いた穴が思っていたより、ずっと深いということだった。
バッソが、隊商の噂を運んできた。
「あちこちで、おかしな動きがあるぜ、レイ。大商人連中が、こぞって信用商売に手を出し始めてる。誰が連合の保証を握るか。──まるで、商会の抜けた椅子を、皆で奪い合ってるみたいだ」
「椅子、ですか」
「ああ。でかい椅子だ。連合じゅうの品の信用を背負う椅子。座れた奴は、ぼろ儲けできる。──だから、目の色変えて、皆が手を伸ばしてる。お前さんも、その椅子の取り合いに、巻き込まれてるってわけさ」
俺は座りたいと思ったことなど一度もなかった。
ただ困っている人の品を視たいだけだった。それだけのことがいつのまにか、連合じゅうの大きな争いの真ん中に置かれていた。品を視るだけでは、もう済まない。そういう場所に、俺は立たされていた。
その夜、また一人、ギルドの戸を叩く者がいた。
これまでの商人とは、足音が違った。落ち着いて迷いがなかった。ミレイユが戸を開けると、仕立てのいい旅装の女が立っていた。背筋がまっすぐで、目に強い光があった。
「夜分に失礼」
女は薄く笑った。
「ヴィオラ・ダンスクと申します。──少し、お話を」
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