表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
101/256

第101話 崩れた階層

 グラナの北のはずれに、古い坑道がある。


 昔、誰かが鉄を掘った跡だという。今は使われていない。けれど魔物が棲みつくと、近在の村まで出てくる。だからトーロたち冒険者が、月に何度か見回りをする。それが定まった仕事になっていた。俺もときどき同行する。戦うためではない。坑道の奥が、危ないか危なくないかを視るためだ。


 冒険者の仕事は、命がけだ。崩れる天井。底の見えない縦穴。毒気のたまった横穴。剣の強さだけでは、どうにもならない危なさがある。前は入ってみるまで分からなかった。だから怪我人が出た。けれど俺が先に視れば危ない場所が前もって分かる。どこを避けどこを通ればいいか。冒険者の生き死にに、俺の目が役に立つ。商会にいたころは、考えもしなかった使い道だった。


「今日は、奥まで行く」


 トーロがたいまつをかざして言った。背の高い寡黙な男だ。前に薄い血を俺が視て養生してから、ずいぶん動けるようになった。


「先月の見回りで、奥のほうから風が通ってた。崩れて、新しい穴が開いたのかもしれん。──レイ、頼む」


「はい」


 フィオナが先頭で剣を抜いた。


「あたしが前。トーロが後ろ。レイは真ん中。──危ないと思ったら、すぐ言いなさいよ」


「分かりました」


 ◇


 坑道の奥は、しんと冷えていた。


 たいまつの灯りが、ごつごつした岩肌を照らす。俺は足元と天井を視ながら進んだ。


「そこの天井、ダメです。岩のつなぎ目に、ヒビが走ってる。下を通ると、崩れます。──壁ぎわを、そっと」


 三人が、壁ぎわをすり抜けた。すぐあとで、通らなかった真ん中の天井から、こぶし大の岩がいくつか落ちた。


「あぶな」


 フィオナがひゅうと口笛を吹いた。


「ほんと、便利ね、あんたの目。地図にも書いとくわ。──ここ、頭上注意、っと」


 フィオナは手にした羊皮紙に、ちびた炭で印を書き込んだ。坑道の地図だった。俺が危ないと言った場所、良い鉱脈の筋、水のたまり。一つずつフィオナとトーロが書き留めていく。この地図があれば、次に来る冒険者が安全に回れる。俺が一度視た危なさが地図になり、皆を守る。


 しばらく行くと、トーロの言ったとおり、新しい穴が口を開けていた。


 古い壁が崩れて、その奥に、もう一つの空間がのぞいていた。


 ◇


「……これは」


 俺は穴の奥を視て、息をのんだ。


 崩れた壁の向こうに、別の階層が広がっていた。今の坑道よりも、ずっと古い。岩の組み方が違う。人の手で丁寧に削られた跡があった。けれどずっと昔に崩れて、誰にも忘れられた階層だった。


「奥に、何かあります」


「魔物か」


「いえ、それだけじゃなくて。──岩の奥に、まだ誰も掘ってない鉱脈の筋が見えます。黒っぽいいい鉄の筋です。グラナの近くに、こんな鉱脈が眠ってたなんて。それと、もっと奥に古い石組みが。柱みたいな。誰かが昔ここで何かを造ってた」


 俺はその鉱脈の筋を、もう一度視た。表に出ている岩は、なまくらな鉄だ。けれど奥へ行くほど、筋が濃くなっている。掘り進めれば、いい鉄が採れる。亀の沢のなまくら石とは、また違う鉄だった。グラナの北に、こんな宝が眠っていたとは、誰も知らなかった。長いあいだ、崩れた壁の向こうに隠れていたのだ。


 トーロがたいまつを近づけた。崩れた階層は、闇に沈んでいた。鉱脈の筋も、石組みも、まだ遠い。


「ただ」


 俺は付け加えた。


「魔物の気配が、します。一匹じゃない。──岩のあいだから何か来ます」


 言い終わらないうちに、闇の奥で、かさかさと音がした。


 ◇


 現れたのは、大きな百足だった。


 体は人の背丈ほど。岩の色をした固い甲殻に覆われている。何匹もいた。崩れた階層に棲みついて、新しい穴から這い出てきたのだ。たいまつの灯りに、いくつもの脚が照らされた。岩を擦る音。あごの鳴る音。坑道の天井に、影が大きくゆれた。


「来た!」


 フィオナが剣を構えた。


 俺はその百足を視た。固い甲殻。何本もの脚。鋭いあご。けれど視ていると、一か所だけ違って見えるところがあった。


「フィオナさん! 甲殻の、首のすぐ後ろ! そこだけ殻が薄い! 脱皮したばかりなんです、こいつら! あとは全部、固い!」


「首の後ろね!」


 フィオナが地を蹴った。


 先頭の一匹の脇をすり抜け首の後ろへ剣を打ち込む。固い甲殻ではなく薄い継ぎ目へ。一撃で、百足が崩れ落ちた。トーロが後ろから別の一匹を仕留める。同じ、首の後ろへ。


 俺は戦わなかった。戦えない。剣を持っても、振り方すら知らない。俺にできるのは、視ることだけだった。どこを打てばいいか。どこが固くてどこが薄いか。それを伝えるだけ。あとは、フィオナとトーロがきれいに片づけていった。


 戦いは、長くはかからなかった。固い甲殻を相手に正面から斬り合えば、何度も刃をはね返されただろう。剣も刃こぼれする。人も疲れる。けれど薄い継ぎ目が分かっていれば、一匹に一撃で済む。フィオナとトーロは、無駄なく動いた。俺が口で伝えた一点を、二人の腕が形にした。それだけのことだった。


 最後の一匹が倒れたとき、坑道はまた静かになった。


「ふう。──助かったわ、レイ。あんたが薄いとこ教えてくれなきゃ、あの固い殻、何度も叩く羽目だった」


「俺は視ただけです。倒したのは、二人です」


「それでいいのよ」


 フィオナが汗を拭って笑った。


「あんたは、視る。あたしたちは、斬る。役割よ。──全部一人でやろうとする奴より、よっぽど頼りになるわ」


 ◇


 崩れた階層の入り口に、目印をつけて、その日は引き返した。


 奥の鉱脈も、古い石組みも、まだ手つかずだった。百足の巣だった階層は、これから少しずつ安全を確かめながら調べていくことになる。一度に踏み込めば何が出るか分からない。トーロが慎重にそう言った。


 帰り道フィオナが地図を広げて言った。


「新しい階層が見つかったって、ミレイユに報せましょ。──手つかずの鉱脈があるなら、グラナの実入りになるかもしれない。商会みたいに乱暴に掘らずちゃんと安全を確かめてから。あんたの目があれば、無茶せずに済むもの」


「奥の石組み、何だったんでしょうね」


 俺は闇の奥に沈んでいた、古い柱を思い出した。


 誰かが、ずっと昔あそこで何かを造っていた。それが崩れて忘れられ、百足の巣になった。あの石組みの来し方を強く知りたいと思えば、たぶん、視えるのだろう。けれどそれは頭の芯がきしむほど疲れる。今、無理に視ることはなかった。


 ただなんとなく、予感がした。


 あの崩れた階層の奥には、まだ誰も知らない何かが、静かに眠っている。

面白かったら、ブックマークで応援していただけると更新の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ