人材確保
開拓時の問題では、予算とともに人材確保が難しいです
教育問題と、並行して解決するしかないですね
青島は石狩の開拓村と小樽、江別の間を走り回っていた
街道整備のためだった
「ここに避難小屋を作るとして、いつ迄に煉瓦を持ってきて、工事をするか?」
「冬の前に作るか、無理せず来年回しにするか?」
「その前に、優先的に今年中に作る場所を決めるべきか。」
「細かい事を差配できる人間を、連れてくるか育てるかしないと。」
この時期、徳内衆のうち一番のハードワーカーは青島だった
蝦夷地全体でも幕府官吏の不足は、深刻だった
まして、半自治組織の開拓村に回す余裕などある訳はなかった
「徳内さんに相談するかな?」
徳内村では、読み書き算盤のできる人間が増えていた
この時代としては、異常と言って良い事だった
ふでが相談事を、徳内に持ってきた
「今まで村を出たいと言って、読み書き算盤のできる子は島本屋か知り合いの問屋に頼んでたんだけど。」
「そろそろ、お願いする先がなくなってきた。」
「どっかに良い奉公先はないものかね。」
そんな所に、青島から手紙が来た
一言で言うと
「配下になる人材が欲しい」
考え込む徳内
やがて、悪い笑顔で
「久しぶりに、一之進の顔を見に行くか。」
ついつい忘れがちになるが、酒井一之進小樽奉行は、建前上は徳内と青島の上司になる
運上金が順調に入っているので、特に問題ないだろうと思っていた所に上申書が二通きた
一通は、青島からでお雇いで事務を見るものを雇いたい
一通は、徳内からで小樽から江別までの寺子屋設置の提案書だった
何となく、二人は繋がっているなと感じて、小樽奉行所に呼びつけた
案の定、石狩開拓村で雇う人間と、寺子屋の教師役を担う人間の予定表を持ってやってきた
一之進、こう言う時は話に乗った方が良いとの経験則で、上司に上申書を書き上げるのだった
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