羊毛産業の発展
セーターが入ってきた事で、徳内村でも産業化の動きが出てきました
徳内村の緬羊育成も第二段階に入った
飼育、繁殖まで成功し頭数も増えてきた
羊の毛刈りも、習熟している
(専用のハサミが高価だったのは予定外だが)
刈った毛の煮沸、脱脂も何とかなってきた
糸にするまでは、何とかなった
しかし、織り方がわからなかった
そこにガンジーセーターが入ってきた
毛糸にして編むと言う発想は、それまで無かった
今の所、毛糸帽と腹巻きを村の女房衆が家族用に作っている
島本屋和右衛門、毛糸帽と腹巻きを身につけてみながら
「案外、これだけでも温かいものだ。」
「とは言え、まだまだ商品にするには材料も編み手も少ない。」
「六右衛門への、課題にするか。」
蝦夷地で、ニット産業が確立するにはもう少しかかりそう
六右衛門はピーコートに毛糸帽という、当時としては異様な格好で飛び回っていた
暖かいという実用性と、宣伝のためだ
毛糸帽は最初はほしいと言う知人に無料で配った。
下手に売って買いたいと言われても、数が揃えられないからだ
次に冬の賃仕事を探している、人を探した
最初は男も半分いたが、根気のいる仕事なので残ったのは女性が大半になった
「今年の冬は、欲しがる人を増やすのが目的だ。」
「編み手も揃ったとは言えないが、今年作った分と来年作る分で販売には漕ぎ着けそうだ。」
「今までの入り用と、来年の売り高予想をまとめて親父に持って行くか。」
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