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文化露寇

ここでも歴史改変してます

奥羽諸藩が出兵したのは、史実ですが

その後、幕府は蝦夷地での組織再編成は行いませんでした

大火後の復興に高田屋嘉兵衛と島本屋和右衛門が奔走している頃、長崎にも事件が起きていた。

ロシア船が長崎に来たのだ。


ロシアが日本に通商を求めていたのは、この事件が起こるだいぶ前からだった。

1792年、大黒屋光太夫の漂流の果て、ロシアから帰国した。

その際同行したラクスマンに、長崎寄港の許可書を与えたのがそもそものボタンのかけ違いかもしれない。

まさか幕閣もその許可書を持って、長崎にロシア船が訪れるとは思ってもいなかっただろう。

前回同様漂流民を伴って、ニコライ・レザノフが正式の使者として長崎に訪れたのは1804年の事だった。


出島のショーンの私室、ショーンと大月良庵の会話

「しかし、ロシア船が来てからもうすぐ半年になりますね。」

「大方、幕閣もお得意の先延ばしでなんとかなると思っているのでしょう。」

「私の知るロシアは、そんなに甘い国では無いですよ。」


半年以上過ぎた後、レザノフは漂流民を降ろし帰国した。

ショーンの独り言

「これで終わる筈はない。」

「イングランドのように、次は武力か?」


彼の予感は当たっていた


復興景気にわく徳内村と石狩開拓村には、その影響はまだ出ていなかった

嵐の前の静けさと言える


レザノフが部下のニコライ・フォボストフに武力攻撃の準備を指示したのは間違いない

しかし、皇帝との面接後艦隊をアメリカに向けるように判断したのも間違いないだろう

その判断が伝わらなかったか、無視したのかは不明だ

フォボストフは、樺太と択捉にいた幕府の駐屯地を攻撃したのは事実だ


幕閣は、帰ってくれて一安心と思っていた所に事件が起きた

蝦夷地に東北諸藩から、出兵した

この年、箱館奉行所は蝦夷地奉行所に改組され、更に代官所も増設されることになった


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