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徳内、石狩開拓村の現状を知る
箱館奉行の苦悩の一つ
放置された石狩開拓村で、徳内がみたものは
本人ももう忘れたかも知れないが、徳内は微禄ながらも幕臣のままだった
微禄の者と、小身の旗本で開拓した村が繁盛していると聞き
勘違いした幕閣がいた
石狩平野に第二次開拓団を送り込まれた
身分は同じだが、中身は大違い
とどのつまりは、代官役の旗本が親に泣きつき
病気と称して江戸に帰ってしまった
困ったのは残された開拓民
箱館奉行に、なんとかしてくれと泣きついた
それを、なんとかしろと、無茶振りをされたのが徳内だった
徳内、村の入り口に立って唖然
「本土風の家ばかりじゃないか!!」
「よくもまあ、3年も生き残って来れたな。」
残された開拓民の代表に話を聞いて、さらに驚く
「米を作ろうとしてた!?」
当然米はできない、キビと粟で飢えを凌いできたそうだ
まずは食料確保
ジャガイモを徳内村から緊急輸送
開拓民にジャガイモの栽培方法を教えた
近くのアイヌに話を付けて、食料を買い込む
「これじゃ、自分達が開拓に入った頃より酷い状況だ。」
「誰か差配できる人間を、送り込まなきゃならない。」
「しかし、広い平野だな。」
「さてとりあえずの費用、奉行所にどう請求したもんだか。」
これが、後に徳内仕法と呼ばれる手法の蝦夷地拡大の第一歩だった
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